第12話 風
風が吹く。
風が吹く。
風が吹く。
当地に通常吹く風は、北風が多い。
当地の北には海があるから。
帝国と当国を隔てる海には、帝国を一周するように、西の大海から流れる暖流の枝流が流れ込み胡散すると聞いた。
しかも、当国と隣国の国境を流れる大河の水温が低く、海の中で相殺されてしまうらしい。
おかげで当国の北風は暖かい。
北から来る風は、殆どが暖かい。
その暖かい風に乗って、今日一つの贈り物が届いた。
木製の椅子に、馬車の車輪が付いたもの。
いわゆる車椅子だ。
アレが乗るのだろう。
しかし、今の彼で乗る事が出来るのだろうか。
ただ、生きているだけのアレに。
未だに死ねない、化け物のアレに。
王姫に迷惑をかけるだけのアレに。
車椅子と共に、帝国から1人の軍人がやって来た。
国王に着任の挨拶を終えると、離宮に彼は籠った。
彼の手で、アレの動かない身体は車椅子に乗せられ、時折王姫と共に離宮の庭を散歩する姿が見受けられるようになったそうだ。
つまり、軍人は、アレを車椅子に乗せる係として帝国から派遣されたと言う事か。
帝国はどれだけ人材が余っているのだろう。
廃人と廃王姫の為に、立ち居振る舞いが明らかに洗練された軍人を遣す。遣せる。
我が国には、もはや碌な騎士が残らず、慌てて新規に募った新兵の教育にも既に引退した老将を無理矢理現役に復帰させて充てるも、王城の警備すら満足に出来ていない現状が情け無い。
何しろ王城の正門を守る衛兵よりも、アレと王姫が暮らす離宮の警備の方が厳重なのだ。
我が国の正規兵より、アレと王姫を守る侍女の方が優秀なのだ。
侍従としても、兵士としても。
我が国には、アレが居る限り安寧はない。
何故、我が王城に帝国の租界地があるのだ。
何故、王は何も言わない。
そこまで我が国の尊厳を傷つけられても。
風が吹く。
風が吹く。
…風を吹かせる。
わたしが。
「反乱?」
「は、第三王子が両親を人質に、王城に手勢を率いて立て籠りました。」
「それは、反乱というのか?彼は唯一の王位継承権者だろう。しかもまだ若い。」
「若いが故にわからないのでしょう。」
「ふむ。」
私は考える。
あの離宮にいる夫婦を。
あの、どこまでも運に見放された夫婦を。
「陛下…。どうなさいますか?」
「放っておけ。庭で起こった旋風に対処し得ない国に、西風を防ぐ能力など無かろう。」
「は!」
とはいえ、彼には報告しておくか。
彼ならば、どう判断するか、楽しみではある。
「反乱?」
「そうだ。」
「規模は…。」
「手勢を率いただけと聞いている。今のあの国で反乱を起こすことは容易だ。」
主力はお前の元にいるからな。
「そして陛下は私に何をさせたいのですか?」
「前にも言った様に、今年の秋以降西風が吹く。当帝国に風が吹き付けない限り、帝国は他国に介入することはない。」
「はい。」
「風が吹くままに吹かせ続けるのか。家屋に被害が生じる前に制御するのか。それはあくまでも住人の役割だ。隣家が台風に巻き込まれようと、当家の客人でも邪魔して居ない限り我が家は干渉しない。ただし、仮に当家の客人がその家にいて、その客人が害される事があれば、当家は相応の処置を取らせてもらう。」
それだけ言い放つと、陛下は直ぐに戻って行った。
私の様な外れ者の元に、わざわざ玉体を運ぶ国家元首も珍しいと思うが、あれは私に現状を治めろと命令しているのだ。
帝国が介入しないという事は、私が抑えている騎士団を運ぶ船は出さない。
もしくは、自分でなんとかしろということ。
海を挟んだ向こうの反乱を治めよ、か。
さてどうする。
第三王子の狙いは、恐らく王国内部における帝国からの影響力の排除。
つまりは、王姫一派の殺害もしくは追放。
殺害は無いか?
あの短絡過ぎる第三王子にも、我が国が帝国の後ろ盾無しで国家運営が難しい事くらいはわかるはずだ。
何故、国王が無気力に陛下の口出しに一切の反抗を見せないか。
それは、「私」がいないからだ。
それは、「第一王子」がいるからだ。
国王も陛下も、彼の可能性を信じている。
私がそう仕向けたからだ。
ならば、私も信じよう。
私はテーブルに向かい、1通の書状をまとめ始めた。
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