第3話


 国内での反乱は落ち着くまでに数十年の月日を要した。

 大指導主グランドデュークが理想としてかかげた『魔力の平等分配』の先駆けともなる、リセ・トゥール・ド魔法学校の設立がかない、それにともなって研究していた『人口魔法石ヌーマイト』の増産も軌道に乗り成りはじめた頃。


 トルンの村から生き延びた小神族エルフの子供たちは大指導主より選ばれし魔術師の元、人間が入ることの許されない場所で静かに暮らせているとドルイドは聞いていた。

 人の子より成長の遅い彼らは、第一次魔界大戦から数十年が経つが、当時より少し背は高くなったものの子供の容姿をしていて。小神族エルフとして未熟な子供たちの中からはいまだ、神官の素質を持つモノは見受けられなかった。

 そして国家直属の研究者となったドルイド・フランダールもまた、知人から紹介された魔術師と婚姻を結び、三人の子供にも恵まれ静かに生活を送っている。

 とはいえ、いくら年月が経とうとも、片時もドドナのことを忘れたことは無く。毎年、肌寒くなる秋の終わりになるとより強く思い出す。


 ――数多あまたの犠牲を払い、世界は平和になったと思えた。


 「号外、号外だよ〜!!」

 「イヤだわ……またテロですって。リヨンは都市部とはいえ、ここもいずれ被害が出るでしょうね」

 「いい加減諦めが悪いよなぁ? 昔とは違って、フィラデルフにも人間なんて五万といるのに。魔法使いとしての威厳を保ってないのはアイツらの方じゃないのか」

 

 反国家組織『マルバノ』と名乗る魔術師たちが旗を掲げ、人間の多く住む地方を襲撃する事件が多発していた。

 彼らは魔法使いの中でも極めて優秀な者たちで結成され、頂点に立つ大指導主でさえ彼らの行動を抑制するには至れていない。

 その中でも組織を牽引するローバー・クレルは、闇の魔法を使わせたら右に出るものはいないと言われるほどの実力者で、一部の熱心な信者たちからは『深淵オプスキュリテの魔術師』と呼ばれ崇拝すうはいされている。

 組織内外から絶大な指示を得ていて、要注意人物として手配書が出されているが、その所在は掴めていないのが現実だ。マルバノは兎も角として、彼に賛同する古き魔法使い達は後を絶たなかった。

 けがれなき魔法使いの純血を守ろうと、このとき彼らもまた必死だったのだろう。

 

 そんな中、どこから情報を得たのか。『幻狼の血』よりも膨大な魔力をたくわえた『賢者けんじゃの石』なるものが存在することを知ったローバー・クレル。

 彼は大指導主のお気に入りであり、国家研究者であるドルイドに目星をつけた。

 過激な思想を持つ彼ら魔術師に悪用されれば、再び世界は戦火の渦にのまれてしまう。国の三分の一の血が流れた以前の戦争より、はるかに壮絶なあらそいが起こってしまう前に……。

 ――なんとしても、賢者の石は護らねばならない。

 さいわい、今回漏れた情報の中に『マナの樹』に関するものはなかった。

 小神族エルフの村であった痛ましい事件の後。大指導主、そしてフィラデルフ国王の指示に従いマナの樹の存在は無いものとして処理されることになった。

 ドルイドと大指導主、そして信頼できるドルイドの一部の部下のあいだ秘密裏ひみつりおこなわれた研究。万が一に備え、人口魔法石ヌーマイトの生成に関して記述したレポートやそれらの研究データは、全て消去し『マナの樹』に繋がる証拠を隠蔽したのだ。

 勿論、この素晴らしい研究を世界へ広めるべきだと声を上げる研究員も少なからず存在して。

 そのむかしは人の手で、魔力を作り出すことは不可能だと言われてきた。マナの樹のエネルギーを、大指導主の魔力で加工し具現化した『魔力の塊』は、それを見事にくつがえして魅せた。

 不可能を可能としたドルイドの研究は世界を揺るがすヒトとしての大きな進歩だが、それをおおやけにするということは当然、マナの樹の存在を広める事となる。

 ――マナの樹と、その魔力エネルギーから生み出された賢者の石。

 このふたつの存在がおおっぴらになるのは絶対に避けなければいけないのであった。

 

 

 反国家組織により街……いや、国全体が騒然としていたある日のこと。研究所の職員の中に反国家勢力に加担している魔術師がいると判明する。

 内部構造を外部へ漏らしたその研究員は、日中にもかかわらず堂々とマルバノを誘導し、潜入した研究所内で爆破魔法を連発した。

 彼らによって破壊された研究所は、大きな音を立て崩壊していく。あらゆるデータを持ち出したマルバノは、それでもなお、所内で何かをさがし回った。今回の襲撃の最重要任務は、人口魔法石ヌーマイトの研究データではなく、の捕獲だったのだ。

 

 「他の魔法使いなどどうでもいい! ドルイド・フランダールを探し出せっ!!」

 

 抵抗した研究員たちが命を落とす中、ドルイドだけは崩れる瓦礫がれきから無傷で生還していた。身につけていた『賢者の石』が……ドドナが結界を張り護ったのだ。

 煌々きらきらと輝く閃光に、彼へ近付いたマルバノは一瞬にしてちりになっていく。

 その様子を遠くから傍観ぼうかんしていたマルバノは、やはり彼こそが賢者の石の守護者だとそれを見て確信を得た。


 崩れゆく瓦礫がれきを押し退け、ドルイドは研究所から走り出す。

 ――出来るだけヒトがいない方へ。

 これ以上、賢者の石のせいで犠牲になるものを増やしてはいけない。

 魔法攻撃が得意でない彼はひたすら逃げた。

 都市リヨン・ミュノーテはそう大きくはなく、研究所から魔法学校は数キロ先。事態はすぐに大指導主の耳に入るだろう。

 それまでの時間稼ぎができればいい。そう、思っていた矢先だった。

 

 「なげかわしい。チカラがそこにあると言うのに、何故なにゆえ使わない――?」

 

 突然、目の前をローブを深く被った男にさえぎられる。

 フードの影の中、リヨンの至る所に掲示された手配書で見た珍しい赤毛がチラついた。燃えるように赤い長髪の男に抱えられている女の首がもたげ、こちらに向く。

 ヒュっと息を飲んだドルイドに、マルバノの象徴である赤黒いローブをまとう男は笑みを浮かべ、こちらを見ている。ローバー・クレルに妻を人質ひとじちに取られ身動きが取れないでいたが、このまま膠着こうちゃく状態を続けるわけにもいかず。『深淵オプスキュリテの魔術師』に一介の国家研究者が魔法で勝てる自信はない。

 しかし後には引けないと、白衣の膨らみから使い古された杖をローバーへ差し向けた。

 

 「お前が持つ『賢者の石』を使えば簡単だろう? 持つ者を選べぬれは実に可哀想だとは思わないか、ドルイド・フランダールよ」

 「――貴方と言えど、コレは手にしていいモノではない。本来なら存在すら許されない魔法石。容易に使っていいモノじゃないんです」

 「使ってはならない? ハッ、そんな石……使わずに何になる」

 「誰かを傷付けるために、魔法はあるんじゃない。なぜ、ローバー・クレルともあろう偉大な魔法使いが、それを理解しようとしないんです!?」

 「……話にならんな。まあ、お前の功績に免じてその無礼な態度は許してやろう。しかしなぁ、ドルイド。お前の行動に女の――リヨン・ミュノーテの民の命が掛かっているのだと教えなければならないかな」


 縄で縛られた妻は気絶させられており、男の腕の中ぐったりとしていて。

 愛する彼女のことを思うと、さからうのは躊躇ためらわれた。

 ふと、いつしかの妻の言葉を思い出す。「二番目でも良いのです。平和を願い日々研究にいそしむドルイドさんを……一番、近くで支えられるのなら」――いい歳をして、記憶の中に眠るあの聖女への気持ちを整理しきれていなかった青年に、献身的に尽くしてくれた彼女は……いま、自身を前にして何と言うだろう。

 迷う暇はない。けれど、選べるわけもない。

 深淵オプスキュリテの魔術師を退しりぞけるほか、今の自分には選択肢はなかった。


 「これはマルバノ……君には何があろうと、渡せない」

 

 禁忌きんきおこないから生み出してしまった、あらそいの発端ほったんを作った責任はいつかは取らなければならないと考えていた。それが、二度と大切な人を失わないために少し、早まるだけ。

 ドルイドは賢者の石を飲み込むと、みずからを炎のうずの中へ閉じ込めた。

 

 「――なっ……何を馬鹿なことを! それがどれだけ貴重な物なのか分からないのかっ!!」

 

 如何いかなる水流魔法オ・アレクァも、彼が発動した炎の魔法にはかなうはずもなく。ローバーの放った水球アクア・スフェールは、属性としては優位なはずのほのおから弾かれた。衝撃で自身の魔法を身に受けた魔術師は体勢を崩す。

 その瞬間、一閃いっせんの鋭い光が炎の中心から放物線を描くように散らばった。

 燃え盛るうずは発動したモノのたましいかえった為か、白煙はくえんをあげて消滅する。燦然さんぜんとした中、燃え朽ちた亡骸なきがらはドルイドだと分からない程に焼け焦げていた。

 口元を女を抱える反対の手でおおい、黒いそこを覗き見る。魔力を放つ石などは見当たらず、それどころかローバーの魔法をもふせいだ彼の魔力さえ感じられなかった。

 ただ、そこにはひとりの研究者のむくろが転がっているのみ。

 賢者の石を目の前にして、手にすることが適わなかったローバー・クレルは、人質として連れていた彼の妻の首をへし折ると、特徴的な赤黒いローブをひるがえしその場を後にした――。

 

 

 それからというもの。

 『賢者の石』の存在がなくなった事で、マルバノは大人しくなった。彼らによる残虐な人間狩りも治まりつつあり、本当の意味でようやくフィラデルフに平和がやってきた瞬間だった。


 街のはずれであった事件は、翌日の新聞では『不審火』として掲載された。

 ――遺体の確認できた死者はリヨンに住む国家研究員ただ一人だが、賢者の石から放たれた光で骨まで溶かされたマルバノの魔術師たちを含めると、死者は二桁ふたけたを超えていたという。

 しかし大指導主は報道規制をし、事の詳細を明らかにすることはなく。

 マルバノに襲われた研究所で、ドルイド・フランダールは倒壊した屋内で瓦礫がれきの下敷きになり亡くなったと、フィラデルフ全土にいつわった訃報が伝えられていたのである。

 

 事件直後。街のはずれから夫婦の遺体を回収した魔法警備隊ポリッシスに報告を受け、すぐさま残された子供たちを引き取った大指導主グランドデューク。フランダールの持ち家に自ら訪れ、子供たちを安全な場所へ連れようと抱きかかえた。

 すると、以前トルンの村へ出向いた時に嗅いだ匂いが鼻をかすめたことに気がつく。

 異様な魔力を持つ、まだ一歳にも満たない赤ん坊。

 御包おくるみに巻かれスヤスヤと寝息を立てるその子を抱き抱えると、暖かなヒカリが赤ん坊を護るようにまたたいた。感じたことのある魔力に、大指導主はおののく。

 光に透ける雑面ざつめんの下の表情は、普段の彼からは想像がつかないほど歪められ、哀しみに暮れていた。ゆっくりと御包おくるみを脱がし、小さく脈打つ肉体に刻まれた『タイガーリリー』の花に酷似した痣の紋章を確認する。

 ――微かだが『賢者の石』の魔力がそこから溢れていた。


 この世にあってはならなかった魔法石と共に自害したドルイドの遺体、また現場からは賢者の石の魔力は微塵も検出されなかった。

 黒煙こくえんが天へ昇り、焔光えんこうが流星群のように舞い散ったあの瞬間、ドルイド・フランダールの息子へ賢者の石が『継承』されたのか――。

 それ以来、ドルイド・フランダールの血をより濃く受け継ぐモノがわるわる賢者の石により選別されていった。

 

 かつて、小神族エルフ魔術師ドルイドが愛し合い禁忌をおかした罰なのか。

 賢者の石に選ばれし者は決して逃れる事の出来ない『フランダールの継承者』という呪縛に、その命を捧げる事となったのである。

 

 

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