第8話

咲姫の部屋に向かう道中、枕元綿は更々木咲姫が眠り姫又は、白雪姫なった経緯について説明した。 


「咲姫が寝たきりになったのは夏休みが始まってから、ちょうど一週間後からだ。いつも通り部屋で寝ていると思ったら、朝になっても起きない。声をかけても反応がない。ぶん殴っても寝たまんま」


それが今日まで続いていると。


咲姫がこんな状態になったのは、僕が花火大会を一緒にいるという幼い頃からの約束を破ってしまってからだ。


多分、僕のせい。

特に確証はないけれど、そんな気がする。



「主理にはずっと咲姫が寝たきりだと説明したが、問題はそれだけではない」


そんな僕の後悔というべきか、それとも不安ともとれる感情に横槍を入れる形で枕元綿は話を続けた。


「それがドメスティックでデリケートな内容・・・・」


「そうだ」と頷いた後にその咲姫の問題とやらを説明し出す。


「これはお前にも言ったが、まずは原因が分からない事。別に頭に強い衝撃が加わったわけでもないし、まして、咲姫の頑丈さからして、病気に罹るとは到底思えない」


あなたがぶん殴っているので一応、頭には強い衝撃がありましたよ、とは言わないでおこう。


だが確かに、咲姫が病気に罹るとは思えないのは僕も一緒だ。

咲姫とは子供の頃からよく知っているが、あいつが病気になった記憶が微塵もない。

・・・いや、ひょっとしたら、体調を崩したことすらないんじゃないか、とも思う。



「原因が分からなくては、治療法が決められない」


「次に、これは不幸中の幸い? いや、もう、正直どっちかは分からんが、咲姫は食事もトイレもしていない」


いくら寝たきりでも栄養を摂取したり、老廃物を排泄する必要がある。

なんせ、咲姫は寝たきりとはいえ、生きているのだから。


となると逆説として、咲姫は生きていないのか。いや、そんなはずがない。

睡眠も生きていく為の行動でつ、生きてなきゃ眠ることもない。


つまり、再々木 咲姫はただ眠っているだけ。

長い間、眠ることしかしていない。


それでは本当に眠り姫、もしくは白雪姫になったのじゃないか。


そういえば二人の姫の違いを聞きそびれたな。

まぁ、今はそれどころかではないか。


また、今度、

うん、次に会った時に教えてもらおう。


今は咲姫の現状の把握に努めないと。


咲姫は現在、原因不明の寝たきり、しかも、食事も排泄もしない。


でも、これらの問題はドメスティックではあるかも知れないが、デリケートなだろうか? 

いくら不思議な状態とは言え、わざわざお見舞いに来た珠玖ミミを帰すほどデリケートな内容とは到底思えない。


「まぁ、一番の謎は・・・・」


枕元綿が「一番の謎?」を話す前に僕たちは咲姫の部屋の前に着いた。


「これは、説明するより見たほうが早いな」


枕元綿はそうして、扉を開けた。

寝たきりのお姫様の部屋の扉を。



●◯●◯●◯●◯●◯●◯●





扉の先には咲姫がいた。

僕の幼馴染、再々木咲姫がベッドで寝ていた。


見慣れたはずのその顔、だが見慣れない表情。

いつも弾けるような笑顔とは少し違って、その寝顔はただただ安らかだった。


僕にとって、この安らかな表情は妙に不気味だった。

寝ている時に笑顔のほうが不気味だと思うのが一般的だけど、幼いときからアイツの笑顔を見てきた僕にとっては、例え、寝てたとしても笑顔でいて欲しかった。こんな表情では悪い意味で新鮮すぎる。


けれど、その違和感は僕の個人的な感傷であって、枕元綿が話した「一番の謎」ではない。


その「一番の謎」は表情よりも見て明らかだった。


それは幼馴染、再々木咲姫の耳は人のものではなかった。


黒い毛に包まれた獣の耳だった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る