第6話
「見えました! ラトキアの街です!」
御者台に座るサリューが手綱を引きながら前方を指さした。
山と湖に囲まれた小さな街。けれど遠目にも高い尖塔や城壁が見えて、ただの田舎町ではないと分かる。いかにも貴族が治める地方都市、といった雰囲気だ。
「変わってないですわ……あの街は」
イザベルがぽつりと呟く。その声音には懐かしさと、少しの翳りが混じっていた。
……まあ、このお嬢様にも色々あるんだろう。
危険な山道を少人数で越えようとして、ついには護衛に裏切られるくらいだしな。
「ネル、いつまでも遊んでないで外を見ろ」
俺が声をかけると、ネルは手の中を見せてきた。そこには、すっかり縮んで掌サイズになったミミー。
おいおい……すっかりお気に入りのオモチャ扱いじゃねーか。まあ子供は虫とか好きだしな。
「わぁ! きれい!」
ネルの瞳がきらきらと輝く。
「ラトキアは西部地方で一番美しい街と呼ばれているのです! 私の生まれ故郷でもありますから!」
サリューが誇らしげに胸を張って笑った。
なるほど、もうここまで来れば危険も少ないだろう。
最大の脅威だったミミーも、ネルのマスコットに成り下がったしな。
ちなみに縮んだ理由は「俺に魔力を捧げているから」らしい。
……が、俺自身に何の変化もないんですけど?
パワーアップを期待した俺がバカみたいだ。ミミー曰く「主の器が大きすぎるから感じない」らしいが、絶対テキトー言ってるよな。
「ヤマト様。街に着いたら、お会いしていただきたい方がいます」
イザベルが真剣な顔で姿勢を正した。
……来たな。面倒事フラグ。
だが、この世界の情報を得るには悪くない機会かもしれない。
「いいだろう。ネルも一緒にな」
そう答えると、イザベルが一瞬言葉を詰まらせた。ネルに聞かせたくない話らしい。
「……角を、隠せばいいのか?」
俺が先に口にすると、イザベルの瞳が驚きで大きく開かれた。
やっぱりな。
イザベルもサリューも、ネルを見る時はいつも角に視線をやっていた。
もちろん、彼女たちには角なんてない。ネルだけが違う。
つまり――忌み嫌われる人種ってことだ。
幸いネルの角はまだ小さい。髪をお団子にすれば簡単に隠せる。
「山の奥には魔族の集落があると聞いたことがあります。ネルは……そこから生け贄として出されたのではないかと」
イザベルの声は低く沈んだ。
「ほう。この世界で魔族ってのは、どういう存在なんだ?」
俺は肩をすくめながら尋ねた。
「彼らはもともと、南の島国で穏やかに暮らしていた部族なのです。しかし、その島は侵略を受け、多くの人々が奴隷として連れ去られてしまいました。
虐げられた奴隷の中から、一人の男が反乱を起こしたのが──およそ五十年前のことです。数多くの犠牲を払いながらもその戦いは歴史に刻まれ、それ以降、彼らは“魔族”と呼ばれ、迫害の対象になってしまったのです」
「……なんだそれ? どう考えても魔族のほうが被害者じゃねぇか」
「私もそう思いますわ。でも……根強い差別は今なお残っているのです」
ファンタジー世界にまで人種差別の概念があるなんて、正直、胸が痛む。
けど同時に──あぁやっぱり、人間ってどこの世界でも似たようなものなのか、と妙に納得してしまう自分もいた。
「教えてくれてありがとう。イザベル、それから……ネルの本当の名前は“ネフェルティ”って言うんだ。忘れずにいてやってくれ。お前は誠実な人間らしいからな」
「ヤマト様……」
馬車は森を抜け、視界いっぱいに広がる湖を眼下に見下ろしながら、緩やかな道を進んでいく。
水面は夕陽を受けて金色に輝き、まるで世界そのものが祝福しているかのようだった。
「わぁ……! 見て、見てヤマト!」
ネルが身を乗り出し、子供らしくはしゃぐ。
イザベルは口元に微笑を浮かべながらも、ほんの少し寂しげに湖を見つめていた。
俺はといえば――馬車の車輪が刻むリズムと、湖面を渡る風の心地よさに、なんとなく眠気を誘われてしまう。
この先に何が待ち受けているかなんて、誰も知らない。
少なくともこの時の俺たちは、迫り来る運命の荒波なんぞ想像もせず――
ただ、美しい景色に心を奪われながら、ラトキアの街を目指していたのだった。
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