畜生道転生

@suzu0825

第2話


「ねぇねぇ、ヤマト」


「ん、なんだ?」


「……神様がいなくなっても、大丈夫なの?」


 俺を神様と信じてるネフェルティは不安そうに俺を見つめるが、本当のことを言う訳にもいかない。


「ネル、心配するな。俺に任せておけ」


 ネフェルティの名前を縮めて呼ぶのは、俺なりの配慮だ。彼女が“生け贄”にされた少女だと知られたら、どんなトラブルに巻き込まれるか分からない。本人にも言い聞かせた。


俺達は森を出て、人のいる場所を目指すことにした。当然、ネフェルティの住んでいたという村には戻らない。

 ここが異世界なのは間違いないが、この森の中でこの無力な少女を守る自信が俺にはない。

俺は生粋の都会っ子なのだ。


「それよりネル、お前……なんか特別な力とか持ってないのか? 例えば、手から火が出るとか、目からビームが出るとか」


「手から火? 出ないよ……。ビームって何?」


「ダメか。まぁ、あの小っちゃい妖精に泣かされるくらいだもんな」


「うぅ……だって、怖かったんだもん」


 ファンタジー世界の代表選手みたいな見た目のネフェルティだが、魔法は使えないらしい。諦めるのはまだ早いが、彼女の能力に期待するのはやめておこう。

 俺はそんなやり取りを続けながらも、周囲の気配を探っていた。俺が勝手に名付けたスキル【地獄耳】がここで役立つ。耳を澄ませば、まるで集音マイクみたいに音が拾えるし、だいたいの距離感まで掴めるのだ。


「ネル、止まれ」


「え、どうしたのヤマト?」


「静かに。動くんじゃない」


 ……人の声だ。複数人。内容までは聞き取れないが、慌ただしく言葉を交わしている。普通じゃない、ただならぬ気配が漂ってくる。


「ネル、ここで待ってろ。絶対に動くなよ」


「やだっ! どこ行くの? ヤマト!」


 その声は、今にも泣き出しそうだった。恐らく彼女は、また“置いていかれる”ことに敏感なんだろう。大きな瞳がたちまち涙で揺れて、胸が痛くなる。


「……そうだな。一緒に行こう。ただし、絶対に俺から離れるなよ」


「……うんっ!」


 泣き笑いを浮かべて頷いたその顔を見て、俺ばこの子を森に置き去りにした顔も知らない奴らに、言いようもない怒りを覚えた。


 体の小さな俺達が、相手に気づかれることなく近付くのは造作もなかった。


「この裏切り者!」


「がははっ、騙されるお前が間抜けなのさ、サリュー。大人しく捕まれば殺しはしない」


「くっ……! お嬢様には指一本触れさせん!」


 ──なるほど、状況は典型的なピンチ劇場だった。

 女騎士サリューが一人、お嬢様を背中に庇い、三人のゴロツキ共と対峙している。


「俺達の目的は身代金だ。抵抗するなら痛い目見るだけだぜ?」


「貴様らが何もしない保証が何処にある!」


「へへへ、そりゃちっとは楽しませてもらわねぇと、なあ」


 男達は顔を見合せ、下卑た笑い声をあげた。


 うーむ、これは──正直、教育上よろしくない展開になりそうだ。

 サリューの「くっ、殺せ!」をこの目で拝んでみたい気持ちが無いわけじゃないが、ここは助けて恩を売るのが自然な流れだろう。


「ど、どうするの? ヤマト……」


 草むらの陰で震えるネフェルティが、小さな声をあげる。


「俺に考えがある」


 そう言った瞬間、彼女の赤い瞳が俺をまっすぐに見た。期待と不安が混じった、子猫のような目だ。


 よし、こうなれば──


「ネル、俺が合図したら出て来てくれ」


「う、うん。わかった」


 俺はにやりと笑い、草むらから飛び出した。


「ケケケッ、旨そうな人間どもだ」


 全員がぽかんと俺を見る。

 ──まあ当然だろう。人の言葉を話す猫はネフェルティも知らなかった。


「な、なんだこの猫は!?」


「喋っただと!?」


 ざわつくゴロツキ共。よしよし、計画通り。

 俺は大きく息を吸い込んで、腹の底から声を張り上げた。


「───お前達も、この娘のように捧げられた生け贄なのだろ?」


 その瞬間、合図を理解したネフェルティが姿を現す。暗がりから白いワンピースを着た少女が歩み出ると、ゴロツキ達の顔が、見る見る青ざめていった。


「おい、確かこの森って」


「ち、ちくしょう、人喰い魔獸。噂は本当だったのか?」


「に、逃げろォ!」


 蜘蛛の子を散らすようにゴロツキ共は退散していった。振り返りもせず一目散に。

 女騎士とお嬢様はと言えば腰が抜けてしまったようで、二人抱き合って気絶していた。


 ───うーむ、少し効きすぎたか?

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