蛟の沼へ。
空は厚い雲に覆われ、雨は激しさを増していた。
小さな傘では雨を防ぐことが出来ず、お鈴の顔や胸、足元は濡れていた。それでも背中の子だけは濡らすまいと、傘を背の方に深く差す。お鈴は、村医者の家の木戸を激しく叩いていた。雨音にかき消されないように、大きな声で叫ぶ。
「お願いです! うちの子を見てやって下さい。お願いします!!」
格子の隙間から、誰かが覗いた。木戸を叩く人物を確認しているのだろうか? 直ぐに開けられると思っていた木戸は閉じられたままだ。お鈴はもう一度叫んだ。
「お願いします! 熱があって、ぐったりしているのです。うちの子を見てやって下さい!!」
家の中から返事ない。玄関まで出てくる者もいない。人がいる気配はあるのに……
開かない木戸の前で、お鈴は泣き崩れた。両膝をつき右手で泥を掴む。
「どうして。どうしてぇぇぇ――!!」
泣き叫ぶお鈴の背で、幼子がもぞっと動いた。
はぁ。はぁ。
幼子の苦しそうな息遣いが耳に届く。お鈴は、唇を噛み立ち上がった。そして、意を決して走り出す。
鎮守の森の入り口で石碑にチラリと目を向けたが、直ぐに目線を前に戻す。ぬかるんだ地面に足を取られながら、山の奥へと駆けていく。お鈴の背は、幼子の熱で燃えるように熱かった。
『私が犯した罪で、私が咎められるのは仕方がない。でも、罪のないこの子まで、こんな仕打ちをされるとは――』
お鈴は、込み上げる怒りを抑えようともせず鬼気迫る顔で沼を目指していた。どこをどう走ったのかは、わからない。お鈴の強い思いが引き寄せたのか、目の前に小さな沼が現れた。
『ここだ! ここに違いない!!』
かつて巫女だったお鈴は、直感でその沼が探している場所だとわかった。
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