八 喧嘩に負けなくなったこと
そんな心配は要らなかった。最初の河童がまた喜兵衛を担ぎ上げて、洞窟から外へ走り出た。
そのまま川沿いを駆けていった。川の浅いところを渡り、木のなかを通り抜け、草をかき分けていく。気がつくと、そこは見覚えのある山道だった。
喜兵衛は地面に下ろされた。河童はすぐにいなくなってしまった。きゅうりを売ることができず、服のかわりに甲羅を背負っていたが、ともかく自分の村に帰ってきた。
そのとき、俺は夕飯の準備をしていた。村人たちの騒がしい声が聞こえたんで、外に出ていくと、とぼとぼと歩いている喜兵衛の姿が見えた。
俺はあっけに取られた。ほかの連中も目を丸くしてる。河童の甲羅を背負った人間なんて、みんな初めて見た。
河童に出会ったという喜兵衛の話は、村人たちを夢中にさせた。疑う者はいなかった。なんせ本物の甲羅を背負っているんだからな。
ほとんど全財産ともいうべききゅうりをあげちまって、喜兵衛は落ち込んでいた。どうしても甲羅を脱ぐことができずに、喜兵衛は途方に暮れた。
一度背負ったが最後、どうやっても体が抜けない。力づくで引っ張ってみたが、頭や腕がもげそうになって奴は悲鳴をあげるばかりだ。
油を塗りたくって、滑りやすくしてもダメだった。
それでも喜兵衛のやつ、村中の注目を浴びることに関しては、悪い気はしなかったようだ。何度同じ話をせがまれても、嫌な顔ひとつしないで意気揚々と喋りだしたからな。
はじめは思い出しながら、つっかえながらだった話も、少しずつ上手くなっていった。ついには話の中身まで次第に変わっていった。
五日も経つと、喜兵衛はきゅうりを与えて、河童の神さまのように
珍しい話が聞きたくて、毎晩のように村人たちが酒や
さらに、奴は
村の力自慢のごんべえが「本当はでかい亀を見つけて、そいつから奪ったんだろう?」などと冗談半分にからかうと、喜兵衛は顔を赤くして「なんだと!?おれが嘘つきだって言いてえのか」と、すぐに殴りかかる。
ごんべえがやり返そうとすると、喜兵衛は床に伏せるやいなや、頭と手足を甲羅のなかに引っ込めちまう。どんなに甲羅を攻撃されても、痛くもかゆくもないってわけだ。
こちらからやり返すこともできないが、しばらくすると相手はあきらめてどこかに立ち去ってしまうから、山賊だって怖くないと、喜兵衛は自慢していた。
「山賊どもの、刃こぼれしたなまくら刀なんぞ、おいらの甲羅に切りかかったら、ぽっきりと折れちまうよ」ってな。
とにかく、村のやつは喜兵衛と喧嘩しなくなった。殴れば自分が痛いし、疲れるだけで、馬鹿らしいしな。
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