1-5 遺跡調査5
大地が揺れる。
キキ、ギギギィっと宙が空鳴りする。
「うわっ?! なっ?! なん――――?!」
二人は頭を守るように手で押さえて身を屈め、そして足元の術式陣の輝きが強まっていることに気が付く。
「まさか……!?」
バスダロトが最悪の可能性を頭に浮かべて瞠目したその直後――、
「ネウメソーニャ!! 走れっ!! 荷物は置いていっていい!! 敵が来る!! 村に戻って避難と警戒を促せ!!」
叫び声が迸った。
言葉はまっすぐに、出入口へと向かって、一方向に矢のように突き進む。
自らの口腔から放たれた声の大きさにフォグ自身さえ驚きながら、しかし次第に強まっていく地鳴りによってバランスを崩して前転に近い形で地面を軽く転がる羽目になる。
「旦那っ!! 一体何が起きてるんでさぁ?! この揺れもその術式陣の起動と関係があるってことっすか?!」
「そうだよ。これは地震じゃない。術的エネルギーによる共振作用だ」
「はぁ?! なんすかそれ!!」
「空間に満ちる自然エナの密度が一定値を超えた状態で術式を発動しようとすると起こる現象のことだ。例えるな、そうだな炭鉱で時々起こる爆発事故みたいなモノだよ」
言葉を交わしている間にも揺れはどんどん大きくなっていき、もうフォグもバスダロトもしゃがむや屈むではなくほとんど地面にへばりついているような状態だ。
「それってぇ……!! あっしらも早く逃げないとヤバいんじゃ?!」
「だとしても歩けやしない……!!」
答えながらも同時に――、
(過去の人間がどこまでを設計に組み込んでいたのかは分からないが……、これほどの規模で大小様々な術式陣を組み込んだ空間を作り上げたモノ達が術的エネルギーの共振作用を全く知らなかったとも思えない……。恐らくは何らかの安全策が講じられているはずだ……!!)
状況を分析する。
憶測に憶測を重ねるような楽観的な視野かもしれないが、これだけの遺物を残すことの出来た者たちがそんな簡単なことを見落とすとも思えない。そんな信頼が既に彼の中には芽生えていた。
ゴッ!! とひと際大きく大地が揺れた。
その瞬間、古式の転移術式陣と思わしきモノがチカッと閃光のような輝きを発する。それは普通の自然エナによる青い発光現象とは違う、深い青紫色を携えていた。そして共鳴するように地底湖もまたその美しい青さに赤を混じらせる。
濃い青紫色の術的燐光。
それは多くの者が知っている。
経験則で知っている。
魔なるものや魅入られし存在が扱う、人類種とは体系の異なる術式による発光現象だと、知っている。
「バスダロト」
「へい」
「揺れが収まり次第俺はあの出入り口を崩す。完璧に崩せればかなりの時間が稼げるはずだ……。だから――、」
「へへっ、心得やした。あっしの命は旦那に拾ってもらったもんだ。だから旦那の頼みで散らせるんでありゃ、上等よ!!」
「悪いな……」
「旦那もちゃんと逃げてくだせぇよ?」
「俺にはこの空間の外から術式を発動させられるような力はないよ」
「……、外は術的隔絶地っしたね」
「そういうことだ。色気がなくって悪いとは思うけど……、ネウメソーニャが上手くやってくれることを祈るしかない」
「あいつはバカっすけど、約束を違える腰抜けじゃない。それにあっしも一秒でも長く旦那を生き延びさせますよ、まかして下さい」
「頼りにしてる」
直後、禍々しい濃紫色の光に塗りつぶされた地底空間を襲う揺れがぴたりと止まった。
同時にバスダロトは立ち上がり両の腰からファイティングナイフを引き抜き構え、フォグは目もくれずにまっすぐ出入口へ向かって地を蹴り直進していく。
輝きが鎮まる。
薄目で目の前を確認すれば数十メートル先に二〇名を超える一団がゾロゾロと姿を現した。
「へへへ、こりゃまた仰山来なすったこって……!!」
いでたちはほとんど大熊だった。
真黒い毛に覆われたあまりにも筋肉質な身体つきをしているそのモノ達は揃いも揃って上背がバスダロトの二倍はあり、その上ギラリと輝く長重な戦斧を携えている。ただ手にした武器に対して服装は軽量だ。恐らく元の身体能力の高さと大きさ故に鎧などで身体を覆うと可動域の観点から損になるという事なのだろう。
「早速で悪いんだが、首貰いやすぜ」
明らかにまともに相対すべきではない相手に向かって、バスダロトは跳び込んだ。
何の躊躇もなく、一気に距離を詰め、もっとも手近に立っていたモノへと狙いを定め、ナイフを振るう。
ギョッとした表情で振り返った
遅れてブシュッ!! と音が鳴り、そのまま内側から首を両裂きにして刎ね飛ばす。
先制攻撃としてはほとんど完璧な一撃だった。
これが人類種の一団であったならば、集団に動揺が広がって隙が出来ていただろう。
だが――、
「ほう、驚いたな。中々良い一撃だった。が、狙う相手を間違えたな」
動揺が広がるどころか一団の最後方に立つ最もタッパがあり、もっとも長大なハルバードを握る
「良いものを見た褒美だ。貴様ら下がれ。俺が直々に相手をする」
その堂に入った立ち振る舞いにバスダロトは直感する。
(コイツがボスか……!!)
首を跳ね飛ばされた
「どうした? こんのか?」
バスダロトは動けなかった。
本来相対する間もなく即首を切り落としてやるつもりでいたというのにも関わらず、動けなかった。
隙が無い。
ただ構えも取らずに立っているだけの相手から、これほどのプレッシャーを感じたことは生まれて初めての経験だった。
バスダロト自身は決して白兵戦のプロなどでは断じてない。それでも死地死線を幾度も潜り抜けてきた猛者である。
その彼がただゆったりと武器を握るだけの相手に一歩たりとも動けない。
それは絶望的な力量さを示していると言っても過言ではない。
想定出来得る攻めのルートの全てにおいて、迎撃して殺される、そんな想像が挟み込まれるほどの圧倒的な実力差。
「……、バケモノがよぉ」
「矮小な人の身にしては勘も良いな。しかしいつまでも動かぬのであればそろそろ暇だ」
言葉と同時にゆるりと握られた巨大な戦斧がいつの間にか大きく振りかぶられていた。
(なっ?! 速――――!!)
避けろという感情と、避けきれないという冷静な自己分析が彼の中に同時にやってくる。
諦めるつもりは全くなかった。
だから身を捻る。
脳天から身体を真っ二つにしようと襲い来る肉厚な刃を避けるために身を捻る。
同時に小さなガラス瓶を刃の軌道に合わせるように軽く投げ上げた。
「肉体の性能差というのは残酷よな」
ザシュンッ!! と斬撃音が響き、血飛沫が上がり、遅れてカランッと真っ二つに割れた小瓶が音を立てて地面を転がる。
「ほぉ……。脳から二つ裂きにしたつもりだったが、よく避けたな」
「……バカが、これが避けたなんて言えるかよ……」
震え声が吐き捨てられ、同時にドチュりと生々しい音が響く。
無残な姿だった。
右側肩口から腰骨までの上半身が鋭利な切り口によって丸っと切断されて、足元には切り落とされた腕を含む右上半身が転がっている。露出された骨と肉と内臓は痛々しいほどに血を噴出してテラテラと輝き、繋がったままの頭から上と、左半身からは急速に血の気が失せていく。
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