第11話 転機

「もう、これで一週間なんだけど~」


 人気のない住宅街に私の声が響いた。あれから一週間が過ぎたのにも関わらず、現状は何も変わっていない。月風との契約も、ここの探し物も、私たちの探し物も。


「にゃにゃ、付き合わせてしまってごめんですにゃ~」


 ここは私の発言を自分の探し物が進展していないことだと思ったのだろう。私たちの事情を知らないのだから当然の反応と言えばそうなのかもしれないが。


「ここのことじゃないよ。でも、人生ままならないもんだよねー」

「はっ、たかが十七年生きてただけで、よくもまぁそんなことが言えるな」


 ふらふらと辺りを飛んでいた月風が、自転車のサドルの上に戻ってくる。私は彼の相変わらずの憎まれ口にムッとした。何か言い返してやりたいが、月風に生きてきた年数で勝負するのは無理だ。


「そもそも、月風に人間のこと分かるの?」


 ――しまった。


 そう思ったが口から出た言葉はもう引っ込められない。だが、さすがにこれは言い過ぎだ。私は慌てて月風に謝った。


「ごめん!」「確かに」


 月風と思いっきり被った。月風もまさか喋るタイミングが重なるとは思っていなかったのだろう。彼は目を丸くしている。そして、たぶん私も。


 ――月風黙ってるし、私から話そう


「その、月風、ごめんっ。さっきは言い過ぎた」


 タイミングを逃していたためなんだか少し言いづらかったが勢いで誤魔化した。月風は特に何とも思っていないのか、それだけかと私に聞くと喋りだす。


「俺はお前の言う通りだと思ったけどな。俺は人間じゃないから人間がどう思うかなんてしらねぇし。けどな」


 月風はそこで一度話を止めると飛び上がった。どこへ行くのかと思ったら、彼は私を見下ろすような位置に着いて振り返る。その顔はにやりと笑っていた。


「俺だって長い間、人間を見てきてるからな。お前よりも、人間の機微は分かると思うけどなぁ?」


 やられた。今回に関しては私が悪かったからまだいいが、またしても月風に言い負かされた。月風は満足そうな顔でまたふらふらと私の周りで探し物を再開した。


「にゃ~。まただにゃ」


 一連のやり取りを見ていたここが呟いた。その声色にはどこか諦めや呆れが混ざっているように聞こえる。


 ――ここにまたって言われるなんて……。もうダメかも。


 この一週間、月風とは毎日のようにこんなやり取りをしていた。月風は口が悪いから私もつい言い返してしまう。しかし、大体のことは月風の方が正論なので私が言い負かされるのだ。負け続けるのは性に合わないし何とかして勝ってみたいが、今のところ勝機すら見えない。


「今日はここまでで大丈夫ですにゃ。二人ともありがとーですにゃ!」


 前を見たここが私たちに声をかけた。目の前の横断歩道を渡った先には公園がある。公園のある通りは人通りが多いので、ここは私が不審者にならないように気を遣ってくれたのだろう。


「ありがと、ここ。また手伝いに行くね。……戦力になってるかはわからないけど」

「そんなことないにゃ。二人と一緒に歩いてるだけでも楽しいにゃー」


 嬉しそうに言うここだが、それでは趣旨が変わってしまうのではないだろうか。でも、私も可愛くて癒し系なここと一緒にいるのは楽しい。ここが礼を言って別方向へ歩き出したのを見送ってから私は自転車に乗った。帰り道はもう暗いが、公園のあるこの通りだけは街灯が多くて明るい。公園の入り口を通り過ぎて住宅街へ進もうとしたところで月風が慌てだした。


「おいっ! なんか強い妖力を感じる! とっとと帰るぞ!」


 えっ――


「ねえ、そこのお嬢ちゃん。私の声、聞こえる?」


 私の口から疑問が零れるよりもはやく、その声は私の耳に届いた。



 ―第1章終わり―

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