第6話 隣の家の騒音問題解決!

「もん、もん、もんだい! かい、かい、かいけつ! 僕はバベルのQ太郎!」

 Q太郎は昼下がりの町をご機嫌で歩いていきます。それもそのはず。なんと、ご近所トラブルが起きていると噂を聞いたのです。その家は堤さんと坂下さん。Q太郎の家から歩いて五分ほどの場所にあります。

 問題と聞けばじっとしてなんかいられません。心ウキウキ、頭脳メキメキ。一刻も早く問題を解決して町内に平和を取り戻したくなるのがQ太郎です!

「ここが堤さんと坂下さんの家か」

 Q太郎は表札を確認します。道路から見て右が堤さん、左が坂下さんです。何でも騒音トラブルらしいのですが、Q太郎は実際にどうなのかちょっと耳を澄ませてみます。すると、おやおや? 何かが聞こえてきました。これはピアノの音です。

「ピアノは堤さんの家から聞こえてくるんだな。へたっぴだからつっかえて、調子はずれの音ばっかりだ」

 そう言えば小学校の隣の組に堤さんという女の子がいたはずです。学年での合唱練習の時に、ピアノを弾いていたような気がします。その時もつっかえつっかえで、結局先生がピアノを弾くことになりました。

「堤さんはこうやって一生懸命練習しているのか。報われるといいね」

 Q太郎は影ながら堤さんを応援することにしました。

 対する坂下さんの家はどうでしょう? Q太郎は耳をそばだてます。……しかし、特に騒音は聞こえません。噂では確か、両方ともうるさい音を出していて、お互いに文句を言い合っているとか。

「おかしいなあ? ひょっとして解決しちゃった?」

 もし解決していたらがっかりです。問題が解決することはいいことですが、それはあくまで自分でやりたいのがQ太郎です。少年の心のときめきが、問題解決を求めているのです。

 Q太郎はそっと坂下さんの家を門から覗き込みます。すると――。

「ワンワン! ウー! ワンワンワン!」

「うひゃあ! 大きい犬だ!」

 Q太郎はびっくりして尻餅をついてしまいました。大きな土佐健みたいな犬が太い縄でつながれています。とても怖い顔です。それに大きな鳴き声です。

「なるほど。ピアノと犬の鳴き声か。まだ解決していないようだね、良かった!」

 Q太郎は一安心です。

 ひとまず話を聞いてみなければいけません。最初は堤さんからです。インターホンを押すと、ややあって返事がありました。

「はい、何の御用でしょう」

 女の人の声でした。Q太郎は咳払いしてインターホンに話しかけます。

「僕、バベルのQ太郎! 騒音問題を解決しに来たよ!」

「はい? どちら様?」

「だから、Q太郎! 騒音で困ってるんでしょ? 僕が解決するから、ちょっと話を聞かせてください!」

「はい……ちょっとお待ちください……」

 インターホンが切れました。そしてしばらくするとドアが開いて女の人が出てきました。

「Q太郎……あなた? 何なの、問題解決って?」

 女の人は胡散臭いものを見る様な目でQ太郎を見ていました。しかしQ太郎は気にしません。鋼の克己心が彼を突き動かすのです。

「お宅と隣の坂下さんが騒音で揉めてるって風の噂で聞いたんだ。僕は専門家だから、解決してあげるよ。どんな状況なの?」

「噂って……いやねえ、そんなのが広まってるの? 誰かしら……」

 女の人はぶつぶつと呟き、斜め上を見上げて考えている様子でした。

「犬の声が聞こえなくなればいいの?」

 Q太郎はじれったくなり女の人に聞きました。

「ええ……そうねえ。まあそう言う事よ。うちもピアノがうるさいんだとは思うけど、壁にも吸音素材使ってたりはするのよ。気を使ってはいるんだけどね。ただまあ、間違えてばっかりでイライラするってのは申し訳ないとは思うけど、だから練習してるわけだだし……ねえ?」

「ふうん。一応対策はしているんだね。犬の声がうるさいのはどんな時?」

「そうねえ。四六時中ってわけじゃないのよ。救急車のサイレンとかが聞こえると一緒に遠吠えしてるわ。あとは豆腐屋とか焼き芋屋のラッパとか。それと宅急便の時とか。だから時間は決まってないの。私はお互い様だと思うから別にいいんだけど……」

 Q太郎は女の人の言葉を聞いて、少し考えました。

「……つまりおばさんじゃなくて他の人が怒ってるの?」

「ええ、うちの主人よ。坂下さんは奥さんの方。向こうの旦那さんは私と一緒でお互いさまって感じなんだけど……」

「ふうん。じゃあ堤さんの旦那さんと、坂下さんの奥さんが感じている騒音問題を解決すればいいんだね?」

「まあ……そういう事ね」

 堤さんの奥さんは頷きました。

「分かった! じゃあ念のため坂下さんにも聞いてきます」

「あら、ちょっと。私が喋ったとかそう言うのは言わないでよ? 変に揉めると嫌だから」

「心得ています!」

 そこは問題解決の専門家。Q太郎はネタ元を明かすような事は決してしません。

 Q太郎は今度は隣の坂下さんの家に行き、インターホンを押しました。

「はい」

 女の人の声でした。

「僕はバベルのQ太郎! 騒音問題を解決しに来たよ!」

 返事はなく、インターホンが切れました。

「おかしいなあ。もう一回!」

 Q太郎はもう一度インターホンを押します。

「はい、何ですか?」

「僕はバベルのQ太郎! 騒音問題を解決しに来たよ!」

 返事はなく、またインターホンが切れました。ですがドアが開き、女の人が出てきます。速足で、なんだか険しい顔をしています。

「何、あんた? いたずら?」

「僕はバベルのQ太郎! 騒音問題を解決しに来たよ!」

 言うのは三度目です。うまく伝わったでしょうか?

「……騒音問題? あんたみたいなクソガキに何が出来んのよ?」

 厳しい口調に汚い言葉。しかしQ太郎はめげません。心を強く持って粘り強く話しかけます。

「ピアノの音がうるさくて困ってるんでしょ? 僕は専門家だから解決できるよ! 状況を教えてください!」

 女の人はQ太郎を睨んでいましたが、しばらくすると話し始めました。

「……くっそ下手なピアノがうるさいのよ。今も聞こえてるでしょ? ピンポンピンポン休みの日は一日中……うるさいし苛つくのよ! ほんっといい加減にしてほしい!」

 そう言いながら女の人は堤さんの家を睨みます。堤さんの家からは相変わらず調子はずれの音が聞こえてきます。さっきからずっと同じところでつっかえて、やり直しの連続でした。確かに、これはちょっとイライラしてしまうかもしれません。

「あなたは坂下さんの奥さん?」

「……そうよ。だから何?」

「旦那さんも困ってるの?」

「あぁ?! あの人は……っんとにだらしがないんだから! ガツンと言ってやりゃいいのにウジウジウジウジお互い様だのなんだのって! うちの方が先に家建てて、向こうが後に来たのよ! 文句があるなら出てけっつーの!」

 女の人の怒りが増していき、さしものQ太郎も少し怖くなってきました。しかし諦めてはいけません。頑張れ、Q太郎!

「じゃあ、あなたの感じているピアノの騒音が解決すればいいんだね?」

「……そうね。何? ピアノでもぶっ壊してくれるの?」

「方法はこれから考えます。状況は分かりましたので、後日改めて参ります! じゃあね!」

 Q太郎は逃げるようにして帰っていきました。しかし問題解決へのアイディアがふつふつと湧き上がってきていました。答えはもう、すぐそこです。


 一週間後、Q太郎は堤さんと坂下さんにそれぞれ発明した装置を渡しました。なんでも、その装置があればうるさくなくなるというのです。どちらの家もQ太郎の言葉に半信半疑でしたが、物は試しと受け取って使ってみることにしました。

 さて、Q太郎の発明の具合はどうでしょうか? 落ちが分かったあなた。まだ誰にも言ってはいけませんよ?


 堤さんの旦那さんは説明書を読み、装置をピアノがある部屋の壁際に置きました。操作方法は簡単。単三電池を二本入れて、下の方にあるスイッチを入にするだけです。

 その装置はメトロノームの様な丸みを帯びた四角錐の形をしていました。しかし針などの部品はなく、外側には動作中を示す緑のランプと電源スイッチしかありません。

「ふん……こんなもんで効くのかね? 大体あの子供は誰なんだ? 問題解決の専門家とか言ってたが……」

「Q太郎……バベルのQ太郎って言ってたわ。まさかそれが苗字じゃないでしょうけど」

「胡散臭い連中の仲間か。ビルが出来て以来町の治安は悪くなる一方だ……。何が軌道エレベータ計画だ。何をしているのか分かりゃしない」

「でもまあこうして何か作ってくれたんだし、試すだけ試してみましょうよ?」

「こんなものが……騒音を、消すのか? 吸収する? 全くナンセンスだね! オカルトじみているよ!」

「そうねえ。ちょうど犬が鳴いてるけど、普通に聞こえてるしねえ……」

「何? 何だって?」

 堤さんの旦那さんは奥さんに聞き返します。

「え? 犬が鳴いてる……鳴いてるでしょ? 遠くで救急車の音もするみたい。遠吠えよ」

 堤さんの旦那さんは耳を澄まします。そして首をかしげました。

「……俺には何も聞こえん。難聴か……しかしお前の声は聞こえる……」

 旦那さんは何だか体がモゾモゾ、喉がムズムズして、咳込みました。

「その装置のおかげかしら? でもあなただけって……変ね? どうなっているのかしら」

「効果があるのか、こんなものが? しかしまあ、うるさくないならいいが……ゴホゴホッ……なんだ、声が……?」

 旦那さんの声が急に高くなったり低くなったりします。それに、パチパチと全身で静電気のはじける音が聞こえ、髪が逆立っていきます。

「な、何だこれ……ああぁ……変だ、体が! 何だ! 熱い……熱い……!」

 旦那さんがそう叫ぶと、服に火が付きました。一気に服は燃え上がり、旦那さんの全身を炎の舌が舐めまわしていきます。

「うあー! た、助けてくれー!」

 叫ぶその声も高くなったり低くなったり、妙な調子でした。

 バシャッ!

 そして突然水風船が破裂するような音がして、旦那さんは床に倒れ込みました。全身から血を流して、皮膚は何か所も破れ、血が抜けてどんどんしぼんでいきます。おかげで燃えていた服は火が消えました。

「ああーっ! あなた、あなたーっ!」

 堤さんの奥さんは旦那さんに駆け寄ります。その体をさすろうとしますが、旦那さんの体はグズグズと肉が剥がれ落ち骨が見えてしまいました。

「いやーっ!」

 堤さんの奥さんには訳が分かりませんでした。そして時を同じくして、坂下さんの家では奥さんが同様に、肉が崩れて死んでいました。

 一体何が起きたのか? そう、Q太郎の発明のパワーです!

 騒音は結局音の振動にすぎません。そのため、逆の位相の音波をぶつければ、音の波と波が打ち消し合って聞こえなくなるのです。

 Q太郎が渡した装置は発信装置でした。しかし音波を出すものではなく、別の装置のスイッチを入れる中継器にすぎません。

 秘密は堤さんの旦那さんと、坂下さんの奥さんの体にあります。そう! 事前に誘拐して脊椎内部に発振器を埋め込んでおいたのです!

 中継器から信号が来ると発振器は音を打ち消す周波数で振動し、それによって鼓膜が振動して騒音も気にならなくなるのです。ただパワーが結構強いので、全身の細胞が共鳴して一気に破裂することもあります。服も摩擦で発生した静電気で火が付く可能性があります。二人はその犠牲になったのです。


 Q太郎は送信機の前でデータをモニタリングしていました。二人の体内の発振器はうまく作動しているようです。

 Q太郎は波形を見ながらほくそ笑みます。

「ウッシッシ! 堤さんと坂下さんも喜んでるみたい! 大成功だ!」

 こうして隣の家の騒音問題は解決しました。めでたしめでたし。

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