『錯綜(二)』

 聞き覚えのあるいななきを耳にした龍珠リュウジュが顔を上げると、闇夜から白い影が舞い降りてきた。

 

「————やっと見つけたわ、龍珠!」

 

 空をける白馬・星河セイガにまたがり、嬉しそうな声を上げたのは龍珠の従姉いとこ凌凰蘭リョウオウランである。

 

「凰蘭……」

 

 龍珠が複雑な表情でつぶやくと、凰蘭は星河が着地するのを待つのももどかしいとばかりに途中で飛び降りた。

 

「龍珠、大丈夫⁉︎ 苦しいところとかは無い⁉︎」

 

 凰蘭は飛び降りるなり心配そうな表情を浮かべ、龍珠の手を握った。

 

「あ、ああ……」

「本当⁉︎ そんなにボロボロの姿で、どこか怪我でもしてるんじゃないの⁉︎」

 

 一心におのれを見つめる凰蘭の眼からは深い家族愛のようなものが窺えたが、龍珠は背後から凛明リンメイの刺すような視線を感じ、慌てて握られた手を離した。

 

「いや、これは何でもないんだ。そんなことより、どうして俺の居場所が————そうか、星河が俺の匂いを……」

 

 ゆっくりと着地した星河は誇らしげに再び嘶いた。その背にはもう一人、大柄な男の姿があった。

 

「……リュウ、兄さん」

 

 名前を呼ばれた柳正剛リュウセイゴウは神妙な面持ちで龍珠の前に片膝を突いた。

 

「————龍珠さま、ご無事で何よりでございます……‼︎」

「よして下さい、柳兄さん。俺は正式な青龍派の門人じゃない。貴方あなたの方が歳上だし、そんなことをする必要はありません」

「いえ、しかし————」

 

 龍珠はなおも言いすがる正剛を立ち上がらせると、代わりに自分がひざまずいた。

 

「————龍珠さま⁉︎」

「あの時は記憶を失っていたとはいえ、危うく貴方を手に掛けるところでした。申し訳ありません……!」

「やめて下さい、龍珠さま!」

 

 今度は慌てて正剛が龍珠を抱え起こす。その様子を見ながら凰蘭が微笑んだ。

 

「本当に良かった……! あら、こちらのかたは……?」

 

 凰蘭は自分を睨みつける凛明の視線に気付き、龍珠に問い掛けた。

 

「あ……いや、この人は————」

「————お前ッ⁉︎」

 

 血相を変えた正剛が凛明に指を突きつける。

 

「お前はまさか、玄豹ゲンヒョウ⁉︎」

「えっ⁉︎」

 

 正剛の声に凰蘭は驚きの声を上げた。以前見た時とは髪型と衣服が変わり、さらには頬の痘痕あばたは泥によって隠されていたが、女は青龍派の仇の一人・玄豹その人であると正剛は見抜いた。

 

 正剛と凰蘭に視線を注がれた凛明がゆっくりと口を開く。

 

「……そうよ。私はあなたたちの仇・玄豹よ……!」

「————貴様ッ‼︎」

 

 憤怒の表情で正剛が槍を構えると、龍珠がその前に立ちはだかった。

 

「待って下さい、柳兄さん! 姉さんはもう玄豹じゃないんだ!」

「……どういうことですか、龍珠さま……⁉︎」

 

 槍の穂先を向けたまま正剛が問う。

 

「姉さんは玄冥派の掌門の崔玄舟サイゲンシュウを倒す機会を窺うために、玄豹として奴に従っていたんです」

「しかし、リン師姉はその女に……‼︎」

「勿論やったことは許されることじゃない。でも、姉さんは頬のことを指摘されると逆上してしまうんです」

 

 確かにあの時、先に玄豹の容姿をあげつらったのは林秀芳リンシュウホウである。

 

「……だからと言って、命まで奪うことはなかった……! それに先に手を出してきたのは、お前たちだろう……‼︎」

 

 正剛は怒りで震える声で糾弾した。龍珠が立ち塞がっていなければ、とっくに槍を突き出しているはずである。

 

「柳兄さん……、この通りです……!」

『————龍珠⁉︎』

 

 凰蘭と凛明が同時に声を上げ、正剛は息を飲んだ。

 

「父さまを————いえ、貴派の掌門・黄龍悟コウリュウゴどのを害した罪も含めて、必ず二人で『敖光洞ごうこうどう』に出頭します。しかし、俺たちにはその前にどうしてもやらなければならない事があります。俺たちが事をすその時まで猶予をもらえないでしょうか……?」

 

 龍珠は再び正剛にひざまずき叩頭した。正剛は抱え起こすことなく、冷たい声で問い掛ける。

 

「……やらなければならない事とは……⁉︎」

「————崔玄舟を倒し、凌大侠リョウたいきょう夫妻を助け出す事————‼︎」

『————‼︎』

 

 正剛と凰蘭の眼が驚愕で見開かれた。

 

「————父さまと母さまの居場所が分かったの⁉︎」

「ああ、おじさんたちは玄冥派の本拠『氷鏡廊ひょうきょうろう』で氷漬けにされているらしい……」

「そんな……‼︎」

 

 龍珠の答えに凰蘭は歓喜と絶望が入り混じった表情になった。両親の居場所が分かったのは良いが、その身体は叔父と同じく氷漬けの状態であると言うのだ。

 

「柳兄さま……」

 

 凰蘭は何かを訴えるような目線を正剛に送った。

 

「……もう一つ条件がある。俺たちもその氷鏡廊へ案内してもらおう」

「————柳兄さん……!」

「勘違いするな、お前たちを許したわけじゃない。俺もランも凌大侠夫妻を救い出したい。私情はその後だ」

 

 正剛はそこまで言うと、槍を消して龍珠と凛明に背を向けた。

 

「…………」

 

 凛明は感謝するように眼を伏せて、龍珠と共に正剛へ叩頭した。

 

「……偉いわ、柳兄さま……」

 

 怒りで未だ震える正剛の手を握り、凰蘭は優しくつぶやいた。

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