第十一章
『同道(一)』
闇に乗じて逃げ出した
玄龍は龍面の奥で乾いた笑みを浮かべて母屋の方へ
再び母屋に入り
「大丈夫かい……?」
「…………!」
玄龍はしゃがみ込んで優しく声を掛けた。しかし、凰蘭は物凄い形相で玄龍を睨み付ける。
共に行動していた者を
「————力を抜いて」
玄龍が右手を伸ばすと、凰蘭の瞳に怯えの色が見えた。
「心配しないで。
言うなり玄龍は素早く凰蘭の封じられた
「……助……けて、くれた……ことには、感謝するけど…………」
長時間点穴されていた凰蘭は上手く舌が回らないようであったが、話しているうちに徐々に元の調子を取り戻してきた。
「……私に何かする気なら、舌を噛んで死ぬわ……!」
そう話す凰蘭の表情からは確固たる決意が感じられた。
よくよく見れば自分と変わらぬ歳頃の娘である。そんな娘が、操を守るためには
「そんなつもりはないよ。ここには
「————待って! どうして、星河の名を知っているの⁉︎」
凰蘭は血相を変えて、出て行こうとする玄龍を呼び止めた。
「さあ? どうして俺が知っているのか、逆に教えて欲しいくらいだよ」
「……人を馬鹿にして! もういいわ!」
玄龍の返事に、凰蘭はプイッと顔を背けた。
「馬鹿にした訳じゃないよ。五年より前の記憶が無いんだ」
「————記憶が無いって……、本当……?」
記憶が無いと聞いた凰蘭の声が幾分か優しくなった。
「ああ」
「……待って。そう言えば、さっきあの男が言っていたわね。あなたと五年前に
「此処が君のお母さんの実家? さっきも言ったけど、五年より前の記憶が無いんだ。……でも、もしかして君のお母さんは真っ白い衣装を好んで着ていなかったかい?」
玄龍の質問に凰蘭は考え込む仕草を見せた。
「……確かに、母さまは白い服が好きだったわ」
「じゃあ、お父さんは虎みたいに怖い人じゃないかな?」
「父さまは私にはとても優しかったけど『
「……凌雲飛虎……」
今度は玄龍が腕組みをして考え込む。凰蘭は詰め寄って声を荒げた。
「やっぱり父さまと母さまを知ってるのね! 二人は
「両親を探しているのか……悪いけど、知らないな」
「————嘘! 二人の特徴を知っていたじゃない!」
「信じてもらえるか分からないけど、紙芝居みたいに記憶の断片がチラついて見えただけなんだ」
「…………」
こう言われては流石に凰蘭も言い返すことが出来ない。
「師兄————いや、玄貂のあの言い方だと、俺は五年前に此処で君の両親と会っていたのかも知れない」
「その面を外して、素顔を見せてくれない?」
思い立ったように凰蘭が言った。玄龍は拒絶するように龍面を手で押さえる。
「…………嫌だ」
「どうして? 顔を見せるくらい良いじゃない」
「嫌だと言ったら嫌なんだ。俺の顔はあまりにも醜くて、とても他人に見せられるモノじゃない」
「例えそうだとしても私は気にしないわ。お願い、少しだけで良いから」
「君が気にしなくても俺は嫌だ。これ以上、この話をするなら俺はもう行く」
玄龍が語気を強めると、凰蘭は諦めたようにため息をついた。
「————分かったわ、もうこの話はしない。その代わりに玄貂ってヤツが行きそうな場所を教えて?」
「……あんな目に遭ったっていうのに、まだ奴を追うのか」
「仕方ないでしょう! あなたが知らないなら手掛かりはアイツしかいないもの!」
「さっき君も見たように玄貂とは絶縁した。元々談笑なんかもする間柄じゃなかったし、何処に行ったのかは見当もつかない」
「…………ッ」
歯噛みする凰蘭を横眼に玄龍は思案する。
(玄貂があの二人を知っているのなら、玄狼師兄と玄豹姉さんも知っているはずだ。……そして、もちろん師父も————)
玄龍は
凰蘭の両親も自分と深い関係があるように思えるが、今は
「……星河が村の入り口で待ってるよ。それじゃあ、俺はこれで————」
「————待って。私、あなたについて行くわ」
思いも寄らぬ凰蘭の言葉に、玄龍は驚いた様子で振り返った。
「俺について来るだって? ……何故?」
「玄貂の居場所が分からない今、父さまと母さまの手掛かりはあなただけなの」
「俺は知らないと言っただろう」
「今は知らなくても、何かの拍子に思い出すかも知れないじゃない。私、あなたの記憶が戻るのを手伝ってあげる」
そう言うと凰蘭はニッコリと笑顔を見せた。どこかで見たことがあるような笑みを向けられた玄龍は龍面の下で呆然とした。
「……気持ちはありがたいけど、俺が向かう所はこの世で最も危険な場所の一つだと思うよ。それでも良いのかい……?」
「この世で最も危険な場所の一つ? まさか、皇宮にでも忍び込むつもり?」
「いいや、行き先は龍の巣————青龍派の本拠地だよ」
玄龍の返事に凰蘭は驚いた様子を見せた。
「青龍派の本拠地って……『
「敖光洞って言うのか。そう、俺はその敖光洞に行かなくちゃならないんだ」
「どうして……?」
「俺の記憶を取り戻すために」
力強く玄龍が宣言すると、凰蘭は再び笑みを浮かべた。
「そう。じゃあ、やっぱり私がついて行ってあげた方が良いわね」
「————どうして、そうなるんだ。迷惑だって言っているのが分からないのか!」
珍しく玄龍が声を荒げたが、凰蘭はなおも笑顔のまま続ける。
「だって私、敖光洞で育ったんだもの」
「————なんだって……⁉︎」
疑うような玄龍の口調に凰蘭は得意げに答える。
「本当よ。そうじゃなければ門人でもない私が、青龍派の人たちと行動を共にしていたはずがないでしょう?」
「……君はいったい何者なんだ……⁉︎」
「私の名前は
「…………!」
予想外の展開に玄龍は声を失った。何の因果があって、このような巡り合わせになるのか?
黙りこくる玄龍に凰蘭が畳み掛けるように言う。
「本拠の名を知らないくらいだから、敖光洞の正確な場所も分からないんでしょう? 星河だったら場所を覚えてるわよ。空も飛べるし」
確かに凰蘭の提案は魅力的である。
「……分かった。君と星河の力を借りたい」
「よろしくね、玄龍!」
渋々といった玄龍の声色とは対照的に、凰蘭のそれは弾んでいた。
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