『不速之客(二)』

 新たに現れた二つの影、一つはガッシリとした体格の飢えたやまいぬのような眼光の男、もう一つは長身痩躯で狼を思わせる風貌の男。それぞれ二十代半ばと二十代前半と思われ、たたずまいからかなりの使い手だと窺い知れた。

 

「今度はちったあマシみてえだな。まとめて掛かって来いや。お兄さんが稽古つけてやるぜ、小僧ども」

 

 嬉しそうに拓飛タクヒが手招きすると、年長の男が眉根をピクリと持ち上げ一歩踏み出した。

 

「お待ちを、玄豺ゲンサイ師兄。後ろの女をご覧ください」

「何?」

 

 痩せた狼のような男が兄弟子あにでしに声を掛け、足を止めた。

 

「雪のような純白の衣装に鳳凰の髪飾り、おそらくあの女は『白凰娘子はくおうじょうしセキ夫人でしょう。とするならば、あの凶暴な虎のような男は————」

「……『凌雲飛虎りょううんひこリョウ拓飛か、玄狼ゲンロウ

 

 玄狼と呼ばれた男は無言でうなずいた。

 

「どうやら我々は運悪く石夫人の実家に押し入ってしまったようです。面倒なことになりました」

 

 懸念の表情の玄狼とは逆に、玄豺は口が耳まで裂けようかと言うほどの凶悪な笑みを浮かべた。

 

「運が悪いだと? それは奴らの方だ。この玄豺に名声を奪われるのだからな! 玄狼、お前は玄豹ゲンヒョウと二人で『虎女房』をれ!」

「師兄!」

 

 玄狼の静止を聞かず、玄豺は拓飛へと向かって行ってしまった。玄狼は溜め息をついて、玄豹という師妹の元へ走り寄る。

 

 

 拓飛は玄豺が単騎でおのれに立ち向かうつもりと知ると感心したように言った。

 

「ほお、一人で向かってくるたあ度胸あるじゃねえか」

「ククク、余裕ぶっているが心の中は嫁とガキが心配で気が気ではないんだろう?」

「馬鹿言え、俺の嫁がてめえらみてえなコソ泥相手にやられるワケねえだろ」

 

 拓飛の人を食ったような返答に、カッと眼を見開いた玄豺は牙を剥いて襲い掛かった。

 

 

 

 ————一方、凰華オウカ龍珠リュウジュの前には、玄狼と玄豹の二人が立ちはだかっており、玄狼が一歩進んで包拳の礼をった

 

「『白凰娘子』の石夫人ですね?」

「呼び名は好きにしたらいいけれど、石で間違いないわ」

 

 凰華は礼を返さず素っ気なく答えたが、玄狼は気にせず言葉を続ける。

 

「それでは申し訳ありませんが、若輩ゆえ師妹と二人でお相手させていただきます」

「…………」

 

 言い終わりに玄狼と玄豹が構えを取るが、凰華は無言で動こうとしない。

 

「お、おばさん……!」

 

 龍珠が不安そうに凰華の手を握ると、凰華はギュッと龍珠の小さな手を握り返して振り返った。

 

「心配いらないわ、龍珠。おばさんの後ろに隠れていなさい」

「う、うん」

 

 いつもと変わらない凰華の優しい笑顔で、龍珠の不安はたちまち消し飛んだ。

 

 しかし、再び玄狼たちに向き直った凰華の表情からは、その輝くような微笑みは消失していた。

 

「……他人の家に無断で踏み込んだ挙句、発覚すれば名も名乗らず二人掛かりで口封じとは恐れ入ったわ。その曲がった性根、私が叩き直してあげましょう……!」

 

 

 

 ————威勢よく拓飛に挑んだ玄豺だったが、放つ攻撃すべてが拓飛によっていなされ、まともに触れることすらままならない。

 

 決して弱い使い手ではないのだが、今回はいかんせん相手が悪すぎた。いまだ無傷で立っていられるのは、ひとえに拓飛が相手の手筋を見極めようと様子を見ているからに他ならない。

 

(思ったよりやる……が、どの門派のモンかは分かんねえな。まあ、ブチのめしてから訊きだすとして……、凰華も問題はねえだろうが、龍珠もいることだし、さっさと終わらせて加勢してやるか)

 

 拓飛は玄豺の突きを受け流し、右掌を玄豺の左脇腹に押し当てた。得意の『浸透勁しんとうけい』を放つ構えである。

 

 押し当てられた掌から真氣が流れ込むと思われた矢先、拓飛はいつもとは違う手応えを感じた。玄豺の体内で何かが衝立ついたてとなって真氣が遮られているのである。

 

 ニヤリと口の端を持ち上げた玄豺は拓飛の右腕を掴むと、渾身の体当たりを繰り出した。まるで巨大な氷山に衝突したような衝撃が拓飛を襲う。これは以前、白虎派の蘇熊将ソユウショウに食らったものと大同小異の技である。


 あの時は後方へ吹き飛んで衝撃を逃したものだが、今回は右腕をガッシリと掴まれているため、衝撃を胸部にまともに受けてしまった。

 

「もう一つ!」

 

 玄豺は追撃を加えようと身体を弓形ゆみなりに反らしたが、その隙を見逃さない拓飛がお返しとばかりに胸元へ頭突きを叩き込んだ。衝撃によって右腕の拘束が緩み、両者は距離を取って再び睨み合う形になった。

 

 ポンポンと胸元のほこりを払いながら拓飛が口を開く。

 

「……懐かしい痛みだ。俺の『硬氣功こうきこう』を上回るたあ、ちょいとおめえを舐めてたみてえだな」

「そういうことだ、凌拓飛」

「————だが、おかげさんで、てめえらの正体が分かりかけてきたぜ」

 

 拓飛が笑みを浮かべると、代わりに玄豺のそれが引っ込んだ。

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