『蒼顔美少年(三)』

 翌朝、龍珠リュウジュたち一行はそれぞれ馬に乗って北上していた。

 

 拓飛タクヒの騎馬は赤いたてがみの白馬で名を焔星エンセイと言い、『焔馬えんま』という空を駆ける妖怪馬の血を引いている。

 

 凰華オウカの騎馬は薄紅色の毛並みの雌馬で名を桃花トウカと言い、西域の神獣の血族である。

 

「あっ、おじさん、おばさん城壁が見えてきたよ!」

 

 龍珠は焔星をそのまま二回りほど小さくしたような、そっくりの白馬の馬上から興奮した声を上げた。

 龍珠がまたがるのは焔星と桃花の仔馬で名を星河セイガと言い、父親から雪のような真白い毛並みを受け継いでいた。

 

「あれは玄州南部の城市まち慶都けいと』ね。少し早いけれど、今日はあそこで宿を取りましょう。この三日ほど野宿ばっかりだったから疲れたでしょう」

「うん! 星河、行こう!」

 

 凰華の提案に龍珠は元気よく返事をして、城門へ駆けて行った。その後ろ姿を見ながら拓飛が口を開く。

 

「龍珠のヤツ、今日はえらく元気だな。ま、やわらけえ寝台で寝れると思うと嬉しくなるか」

 

 しかし、凰華の予想は夫とは別なようであった。

 

「ふふ、それもあるだろうけれど、龍珠が楽しみなのは多分————」

 

 

 

 二人が城門をくぐり抜けると、龍珠がキョロキョロと周りを見回して何かを探している様子が見えた。

 

「龍珠、本屋さんを探してるんでしょう?」

 

 凰華が横に並んで声を掛けると、龍珠はおずおずとうなずいた。

 

「う、うん……」

「いいわ、好きな本を買ってあげるわよ」

「————本当⁉︎」

 

 凰華の言葉に龍珠の顔がパッと輝いた。

 

「ええ。それじゃあ私は宿の手配をしてくるから、あなたがついて行ってあげてね」

「ああ?」

 

 突然、肩を叩かれた拓飛は素っ頓狂な声を上げたが、その間にも凰華は桃花と共に街中へと消えて行ってしまった。

 

(チッ、凰華のヤツ、余計な気を回しやがって)

 

 心中で毒づいた拓飛が視線を戻すと、何かを期待するような眼差しの龍悟と眼が合った。

 

 いつもは眼を逸らしがちな龍珠が真っ直ぐにこちらを見ている。拓飛は思わず破顔した。

 

「よし、行くか。龍珠」

「うん!」

 

 

 

 二人が街中を探すと、ほどなくして裏通りに『民明書房』の看板を掲げた書店を見つけた。龍珠は一目散に駆け込もうとするが、拓飛が待ったを掛けた。

 

「待ちな、龍珠。あの店はダメだ」

「えっ、どうして?」

「同じ名前の本屋を知ってるが、怪しげな本ばっかでロクなモンが置いてねえ。他の店を探すぞ」

「う、うん」

 

 なにか釈然としないものの龍珠は拓飛に従い、他の書店を探すことにした。

 

 

 

 人に尋ねて別の書店を探し当てると、龍珠は玩具おもちゃでも選ぶかのように眼を輝かせて本を物色し始める。こうして見ると市井しせいの子供と変わりない。拓飛は眼を細めて見守った。

 

 

 

 書店を出た二人は河原に腰を下ろして、途中で買った饅頭まんとうを食べることにした。目当ての本を手に入れた龍珠は上機嫌だ。

 

「ありがとう、拓飛おじさん!」

「おう。本もいいが、冷めねえうちに食っちまいな」

「うん!」

 

 拓飛は龍珠が饅頭を食べ終えるのを待って話しかける。

 

「龍珠」

「なに? おじさん」

「武術は好きじゃねえか……?」

「えっ……」

 

 龍珠は驚きで眼を丸くしたが、

 

「……そんなこと、ないよ」

「正直に言っていいんだぜ。怒ったりしねえ」

 

 拓飛が穏やかに言うと、龍珠はうつむいてゆっくりと口を開いた。

 

「……本当は好きじゃない」

「そうか……」

 

 答えは半ば分かっていたが、拓飛は寂しそうな表情を浮かべた。

 

「おじさん、僕……」

「ん?」

「大きくなったら黄京こうけいにあるっていう中央図書館で働きたい」

「中央図書館?」

「うん。そこには神州中の書物が集まるって言われてるんだ。そこで働くには凄く難しい試験に合格しなくちゃいけないんだよ」

 

 そう話す龍珠の表情は無邪気なもので、いつもは青白い顔色に少し赤みが刺しているように見える。

 

 しかし突然、龍珠の言葉が途切れ、紅潮していた顔色が再び青白さを帯びてきた。

 

「どうした? 龍珠」

「……でも、僕が武術を辞めたいって言ったら、父様と母様は許してくれないだろうし、それにきっとガッカリさせちゃう」

「関係ねえだろ、そんなモン」

「え?」

「お前がマジでやりてえんなら、親がどうとか言ってんじゃねえ」

「で、でも……」

「おめえの夢ってのは、その程度で諦められるモンなのか⁉︎ 武術をやりたくねえから言ってるだけなんじゃねえのか⁉︎」

 

 拓飛が怒鳴り声を上げると、龍珠はビクリとして顔を背けてしまったが、すぐに立ち上がり、

 

「————違う‼︎ そんなんじゃないっ、僕は本当に学問をしたいんだ‼︎」

 

 龍珠は拳を握り締めて、真っ直ぐに拓飛の眼を見据えている。その様子に拓飛の眼が優し気なものに変わった。

 

「……なんだよ、お前もデケえ声を出せるんじゃねえかよ」

「え……?」

 

 拓飛も立ち上がり、少しかがんで龍珠の両肩に手を添えた。

 

「お前が本気で学問の道に行きてえんなら、俺が応援してやる」

「ほ、本当……?」

「ああ。お前の親父が許さねえってんなら、ケンカしてでも、お前の味方になってやるぜ」

 

 拓飛はニッと牙を見せた。

 

「……ありがとう、拓飛おじさん……! でも、本当に父様とケンカしちゃダメだよ?」

 

 つぶらな瞳に涙を溜めながら、龍珠も笑顔を見せた。

 

 

 

 その晩、凰華が手配した宿で夕食を取り終えると、拓飛は再び鍛錬へと出掛けて行った。

 

 龍珠が部屋で拓飛に買ってもらった本を嬉しそうに読んでいるところに、凰華が声を掛けた。

 

「龍珠、明日は早いから、そろそろやめておきなさい」

「明日はどこへ行くの?」

「おばさんの実家よ。おばさんのお義父とうさんのお墓参りについてきてくれる?」

「うん」 

「ありがとう」 

 

 凰華が微笑むと、龍珠は本を卓に置いて凰華へと向き直った。

 

「おばさん」

「ん?」

「昼間、僕が武術じゃなくて学問をしたいって言ったら、おじさんが応援してくれるって言ってくれたんだ」

 

 凰華は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの優しい笑顔に戻った。

 

「そう。だったら、おばさんも龍珠の味方になってあげる」

「本当⁉︎」

 

 龍珠は立ち上がって凰華に近づこうとしたが、凰華の右手によって遮られた。

 

「————ただし、一つ条件があるわ」

「条件って?」

「武術を辞めたいってことは、自分の口から父様に言いなさい。まずは自分の力で父様と母様を説得するの。出来るわね?」

「う、うん!」

「じゃあ、今日はもう寝なさい」

 

 龍珠は寝台のフチに腰かけると、思い出したように言った。

 

「僕、おじさんに武術を辞めたいって言ったら、怒られると思ってた」

「……それは少しガッカリはしたでしょうけど、あなたが自分の気持ちを正直に話してくれたんだもの。怒るどころか、おじさんきっと嬉しかったはずよ」

「どうして、おじさんがガッカリするの?」

 

 不思議そうに龍珠が尋ねると、凰華は自らのお腹に手を添えてつぶやくように話し出した。

 

「……口ではそう言わないけれど、おじさん、男の子が欲しかったみたいなの。だから、あなたに武術を教えている時のおじさん、本当に嬉しそうにしているわ」

「え……?」

「もちろん娘のことは、おじさん大切に思ってるわよ? 覚えてる? あなたの従姉いとこ凰蘭オウラン。何度か会ったことあるわよね?」

 

 青白い龍珠の顔色がより一層白みを増した。

 

「……だから父様とおじさんは、僕と凰蘭を交換したの……?」

「な、なにを言っているの、龍珠……!」

「だから、父様は僕に一度も稽古をつけてくれなかったんだね……」

「ち、違うわ。龍珠、そんなこと————」

「————だから父様は、僕が稽古相手に怪我をさせた時も叱ってくれなかったんだ‼︎」

 

 龍珠は突然、叫び声を上げて凰華を睨みつけた。凰華にはその眼が淡く金色の光を放っているように見え、背筋に冷たいものが走った。

 

 あまりの剣幕に凰華が言葉を失っていると、龍珠は我に返った様子で布団を頭からかぶってしまった。

 

「……ごめんなさい、おばさん。おやすみなさい」

「え、ええ。おやすみ、龍珠……」

 

 図らずも甥の心を傷つけてしまい、凰華は自らの軽率さを恥じた。


  ———— 第二章に続く ————

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