第23話:惨劇の足音10


「本当は……もう少し……殺戮ちゃんと……仲良くしたかったんだけど……殺戮ちゃんには……時間がないから……」


「長くない……か」


「うん……」


「それに付き合うお前も相当なお節介だな」


「そう……かな……?」


「そうだろ」


 俺は「ふいー」と湯に浸かりながらそう言った。


「無害と蕪木殺戮って何年来の付き合いなんだ?」


「生まれた頃……から……」


「幼馴染か」


「うん……まぁ……」


「蕪木殺戮は三親等の間柄になるんだろう?」


「うん……まぁ……」


「蕪木殺戮はお前を疎んだりしなかったのか?」


「うん……まぁ……殺戮ちゃんは……優しいから……」


「ま、そうじゃなきゃ一緒に遊んだりしないわな。それに遺産の三分の一をお前に充てるってことも」


「殺戮ちゃんは……優しいから……」


「でもおかげでお前は触れたくもない悪意に晒されることになったんだぜ?」


「しょうがないよ……。それで……殺戮ちゃんが……喜んでくれるなら……是非もない……こと……」


「そっか。まぁ俺はどうでもいいけどな」


「そう……? 殺戮ちゃん……可愛くなかった……?」


「と言われてもな……」


 欲情するのは無理ってもんだ。


「俺は無害の方を可愛いって思ってるから」


「ふえ……」


 茹だったのとは別に顔を赤くして無害は照れた。可愛い可愛い。風呂から上がった後、俺と無害は寝巻に着替えて俺の部屋で読書を開始した。あいも変わらず外は嵐で、この島を抜け出せそうにない。二時間ほど読書をしているとコンコンと扉にノックがされた。


「はーい?」


「………………無害様、藤見様、いらっしゃるでしょうか?」


「いますいます。どうぞ中へ」


「………………失礼します」


 カオス姉妹の妹、混沌さんが部屋の中に入ってきた。そして言う。


「………………殺戮様の命により今夜も護衛を仰せつかりましたのですが……よろしいでしょうか?」


 そんな混沌さんに、


「大丈夫ですよー」


「大丈夫……です……」


 俺達はあっさりとそう答えた。それから俺は読んでいた本に栞を挟んで閉じ、自身の旅荷に向かって投げた。そして言う。


「じゃあ寝ますか」


「うん……」


「………………了承しました」


 俺達は昨夜のように無害を中心として一つのベッド……とは言っても三人が楽々と寝れる巨大なベッドだが……に寝そべって電気を消した。真っ暗闇の中でそれぞれの吐息だけが聞こえてくる。俺は混沌さんに話しかけた。


「すみませんね、なんだか……」


「………………なんのことでしょう?」


「他にも仕事があるでしょうにこちらの案件を優先させてしまって」


「………………気にしないでください。殺戮様の御命令ですので」


「明日の朝食の仕込みもあるんでしょう?」


「………………もう既に終わらせています」


「いいメイドさんだなぁ。一家に一台欲しいですね」


「………………恐れ入ります」


「ふえ……混沌さん……ありがとう……ございます……」


「………………恐れ入ります。当方が結界を張って寝ますので無害様、藤見様におかれましては安心して睡眠なさいますよう」


「そりゃどうも」


「それじゃ……おやすみ……なさい……」


「………………はい」


 そんなやり取りの後に俺達はヒュプノスの祝福を受けた。




    *




 次の日。俺は朝早くに目が覚めた。腹筋運動の要領で上半身を起こし、


「うーん」


 と呻きながら背伸びをした。


「………………起きられましたか藤見様」


 混沌さんがそう聞いてきた。見れば混沌さんは俺の部屋の椅子に座って読書をしていた。


「朝早いですね。さすがはメイドさん。主より先に寝ないで主より遅く起きない」


「………………それがメイドですから」


「とりあえずのところ、こちらはもう俺が起きたから大丈夫ですよ。朝食の準備に取り掛かってくださいな」


「………………そうさせてもらいます」


 一礼すると混沌さんは俺の部屋を出ていった。朝食の準備に取り掛かるのだろう。俺はといえば無害の寝顔を見つめながら悦に入っていた。今日も絶賛無害は可愛い。そして嵐はまだ首切島を取り囲んでいた。周囲を林に囲まれているため海の風景を見ることはできないが高波が海面を荒らしているのは容易に想像できた。それから三十分ほど経っただろうか。その間読書をしていた俺は、そこで、










「きゃあああああああああああっ!」






 と甲高い悲鳴を聞いた。


「っ!」


 この声は……カオス姉妹の姉……混乱さん?


「ふえ……?」


 と無害が混乱さんの悲鳴によって目を覚ます。俺はズピシと無害の頭にチョップをかました。


「ふや……藤見……何するの……?」


「いいからとっとと目を覚ませ。行くぞ」


「行くって……どこに……?」


「混乱さんのところだよ」


「なんで……?」


「いいから行くぞ」


「ふえ……待って……藤見……一人に……しないで……」


 可愛いなコイツ。とまれ、


「とっとと行くぞ」


 目をこすって欠伸をする無害を連れて混乱さんの悲鳴の聞こえた方に向かう俺。そこは以前蕪木屋敷を探検した時に混乱さんに教えられた蕪木殲滅の部屋だった。俺は開けっ放しになっている蕪木殲滅の部屋に無許可で入る。他の人間も混乱さんの悲鳴を聞いて集まっていたらしい。眠気の取れない無害を引っ張ってここまで来た俺達は最後発だった。そして、混乱さん、混沌さん、殺戮、蕪木制圧、俺と無害は、それを見た。それは……、











 黄金の斧で首を断ち切られて死んでいる蕪木殲滅の死体だった。




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