第14話:惨劇の足音01


「ん……ううん……!」


 俺は背伸びをしながらそう呻った。心地よい朝だった。鳥が朝を褒めそやすようにチュンチュンと鳴き、朝日は白いレース越しに俺と無害と混沌さんを照らした。俺は腹筋運動の要領で上半身を持ち上げる。と同時に、


「おはよう……藤見……」


 黒い長髪を櫛で梳き、琥珀色の瞳に喜色を湛えた無害と、


「………………おはようございます藤見様」


 白い長髪に漆黒の瞳、そしてメイド服というロマンを着こんだ混沌さんに挨拶をされた。


「はい、おはようさん」


 そう返して俺は疑問を持つ。


「ところで混沌さん。昨夜は蕪木制圧と蕪木殲滅を警戒させて一緒に寝たけど朝食の準備とか大丈夫だった?」


「………………大丈夫です。姉さんに引き継がせましたから」


「なるほどね。それで? 昨夜は何もなかった?」


「………………ありました」


「あったんかい」


「………………ありました。昨夜藤見様が出ていった二時間の間に殲滅様がこの部屋に押し入ってきました」


「目的は?」


「………………性的暴行を働きかけて無害様を脅そうとするものでした。無論、撃退させてもらいましたが」


 ボソボソと驚異的な事実を告げる混沌さん。


「蕪木殲滅……殺すかぁ」


 ボソリとそう呟く俺に、


「………………止めておいた方がいいでしょう」


 そう牽制する混沌さん。


「しかしこのまま看過するには危うげな事態だぞ」


「………………当方から殺戮様に話を通しておきます。殺戮様の下す処分を待たれた方がよいかと」


「混沌さんがそう言うのなら……それでいいんだが」


「昨夜……そんなことが……あったの……?」


 今更のように無害だ。


「どうせお前のことだからグースカ寝てたんだろ?」


「うん……無害……気付かなかった……」


「………………一応のところ無害様の安眠を妨害しないように振る舞いましたから」


「なる……ほど……」


「………………無害様」


「なんでしょう……」


「………………これから先、藤見様の傍を離れないように願います。制圧様にしろ殲滅様にしろ無害様を害し利しようとする方向性は違えど無害様をあだなす存在には違いありません。また当方も姉さんも四六時中無害様を護衛するわけにはまいりません。くれぐれもご注意を」


「はい……でも……お風呂とかの……場合は……?」


「………………こちらで水着を用意します。それを召されれば問題ないでしょう。無論相思相愛なお二方に恥じらいが必要ないとなれば当方も止めはしませんが」


「藤見と……お風呂……」


 カァと顔を赤くする無害。


「このムッツリめ」


「違う……よ……! ムッツリ……じゃない……よ……!」


 あわわ、と慌てふためいて手を振る無害。つくづく可愛いなコイツ。


「………………では当方は姉さんの仕事を手伝いに行きますので。何かありましたらばまた呼んでください」


 一礼すると混沌さんは俺の部屋から去っていった。俺はパジャマから私服に着替えると無害と一緒に読書を始めた。そうやって俺達が読書を始めて三十分後。コンコンとノックの音がした。


「無害様、藤見様、いらっしゃるでしょうか?」


 カオス姉妹の姉こと有田混乱さんが声をかけてきた。


「いますけど」


 返答する俺に、


「朝食の用意が出来ました。お手数ですがダイニングへとおいでください」


「わかりました」


 俺はパタンと本を閉じた。同時に混乱さんが立ち去る足音が聞こえてきた。


「ふえ……朝食……?」


 同じく本を閉じた無害がそう聞く。


「そうみたいだな」


 俺は本をベッドに投げると、無害を連れて部屋を出た。階段を下りて数十秒ほど歩いたところで常識外の広さを持ったダイニングが現れた。長いダイニングテーブルにはキャンドルが飾られていて、天井にはミケランジェロの『最後の審判』が描かれている荘厳なダイニングだ。俺と無害はなるたけ蕪木制圧を刺激しないように下座に座って朝食が出るのを待った。今日の朝食はブリオッシュにグラニータ。シチリアか……ここは。


「ま、いいんだがな」


 俺はブリオッシュを咀嚼、嚥下して、シャリシャリとしたグラニータを喉に流し込む。


「美味しい……」


 無害も美味しいと感じているようで、恍惚な表情。


「恐れ入ります」


 今日の朝食を作ったのだろう混乱さんが一礼する。


「ふん……雌犬の子供に人間の味覚が備わっているとは驚いたな」


 蕪木制圧がそう皮肉る。


「今時オールバックだなんて恥ずかしい髪型してるおっさんにそんなこと言われりゃ無害もお終いだな……」


 俺はグラニータをシャリシャリと咀嚼。


「貴様……っ!」


 ガタンと椅子を倒して立ち上がると蕪木制圧は俺を視線のレーザービームで焼いた。


「蕪木の直系でもない馬の骨がよくもほざいたな! 言葉には気をつけろよ小僧! 我は蕪木制圧だぞ!」


「自分のことを我とか言っちゃってる時点でもうね……」


「貴様……!」


 と、憤怒に表情を醜く歪めた蕪木制圧が俺に向かって歩み寄ろうとして、どこからか霞のように現れた混沌さんに包丁の刃先を喉に突き付けられた。

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