♀05 私、元の体に戻ります。

 目覚めるといつもの香りがして、いつもの感触に包まれていた。辺りを見回すと私の部屋だと気づく。


「あれ?私の部屋だ」


 と言うことはあれは夢だったのかな?でもそれにしてはあまりにも鮮明な夢だった。私がイチノセ・リョウになって過ごした一日のことを思い出して考えていると部屋がノックされてメイドのシシリーが入ってきた。


「ヘレーネ様。おはようございます」


 私はすかさずいつもなら喋りかけること等ないシシリーに尋ねる。


「シシリー。今日は何日ですか?」

「今日ですか。えっと。今日は五の月の十九日です」


 確か最後にある記憶は五の月の十七日だ。次の日が学校で嫌だなと思いながら寝た記憶がある。ということはあれは夢ではなかったのだろうか?恐らくラカン・フリーズの門を通ってイチノセ・リョウと私の魂が入れ替わったのだと思う。きっかけは寝ること。寝れば魂が入れ替わるのだと今は割りきろう。でも、ということは、昨日の私はイチノセ・リョウだったって言うことになる。


「昨日の私は何をしていましたか?」


 私は昨日の私の言動が気になってシシリーに再度尋ねる。


「はい。いつものように朝御飯を食べて学校に行って、帰ってからも特にこれと言ったこともなくいつものように夕飯を食べてお風呂に入って寝ていましたよ?」

「では、何か変わったことはなかったのですか?」

「そうですね。いつもよりも明るくてたくさん喋られていたような」

「そうですか。なら良かった」


 自分じゃない誰かが自分の体を乗っ取っていると考えると何か大変なことをしでかしてはいないかと怖かったが、シシリーの様子からして大丈夫そうだ。その後、シシリーに服を着替えさせてから朝飯を食べに食堂へと向かう。


「なんだ。ヘレーネ。今日はおとなしいな」

「そうでしょうか?」


 お父さんが朝食のパンを手に取りながら話しかけてきた。正直朝は静かなのが好きな私は少し不快な気持ちになる。


「そうだよ!昨日の夕飯の時なんか、ずっと喋ってたよ?」

「そ、そうでしたね」


 妹のミュウもお父さんに賛同した。嘘がつけないミュウが言うなら確かにそうなのだろう。イチノセ・リョウはお喋り屋さんなのかもしれない。私はどちらかと言えば寡黙だから、イレーナのようなたくさん喋る人と居る方が会話が続いて楽しかったりする。よりいっそうリョウに会いたくなった。そしてたくさん語らいたい。


「お姉ちゃん。今日も膝の上に乗せて?」


 通学のための馬車に乗るとミュウがそう言ってせがる。


「ダメよ。お姉ちゃんは本を読むから」

「えー!昨日は乗せてくれたのにー!」

「もー。仕方ありませんね」


 結局私はミュウの通うガーネシア初等学校に着くまで、彼女を膝の上に抱えるはめになった。私の体とは言えイチノセ・リョウに抱っこされただなんてミュウが羨ましい。なんてこと考えていたら馬車が私の通う王立ガーネシア魔術学校に着いた。私はそそくさと馬車から降りて教室へと向かう。


「だーれだ?」


 校舎に入った途端にその声が聞こえて視界が暗転した。私は驚くことなくいつものように対応する。


「イレーナ。おはよう」


 私がそう言うと目隠しが解かれイレーナが目の前に現れる。


「おはよー。ヘレーネちゃん、今日は気づいたんだね!」


 イレーナの言葉に違和感を覚える。今日は気づいたとは何のことなのだろうと思案して私は聞き返す。


「何の話?」

「えー!覚えてないの?昨日もそうだったけどここ最近ヘレーネちゃん忘れっぽいよ?健忘症とかだったりしたらどうしよう」


 たぶん、イチノセ・リョウと昨日何かあったんだろう。なら私が覚えていなくても仕方ない。それよりもイレーナと会ってから私は別のことが気になっていた。


「イレーナ髪型変わった?」

「お?気づいた?昨日ヘレーネちゃんに言われた通りに今まで外はねにしてた髪を内巻きにしたんだ!可愛いでしょー?ますます私に惚れちゃった?」

「似合ってるよ。可愛いわ」


 確かにイレーナの薄紫色のショートヘアーが外はねから内巻きに変わっていて、愛らしくとても可愛い。外はねの時はアクティブなイメージだったが、内巻きの今は清楚といった感じだった。ということはイチノセ・リョウは清楚な女の子が好きなのだろうか?


「ありがとう!じゃあ行こっか!」


 イレーナが左手を出すので私は右手で握り返して、私達は教室に向かう。


「ヘレーネちゃん勉強順調?」

「うーん。まぁまぁかな?」

「そっか。でもヘレーネちゃんは実技試験が抜群に凄かったから、今回も一位なんじゃない?」

「そうかな。まぁ頑張るよ」


 私は王立ガーネシア魔術学校に入学してから今までずっとテストでは首位を取っていた。成績も一番だった。数学が大の苦手

 だけど、得意な国語、古代言語、歴史、地理で高得点を取って、得意でも不得意でもない自然学でできるだけ高得点を取ろうという算段だった。数学は平均点を取れたら御の字だ。だけど、今回は運命の人のことでバタバタしていたから流石に一位は難しそう。でも、あの王子に負けるのは嫌だな。


 教室に入るといつも以上に視線が集まるのを感じた。またしても違和感を覚える。するとイレーナが呟く。


「やっぱりヘレーネちゃんすごい見られてるね。昨日あんなことがあったから男子達が浮き足立ってるよ。気持ち悪いね」

「あんなこと?」


 私はどきりとした。背中がぞわぞわする。イチノセ・リョウが何かしたのだろうか?


「また覚えてないの?ほら。あのマザコン王子がさ。ね?」

「え、王子が何かしたの?」


 私がさらに尋ねるとイレーナは私の耳元で小声で囁いた。


「婚約破棄だよ。婚約破棄」

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旧 異世界×現実〜俺の体が異世界女子の体と入れ替わる件について〜 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha

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