第34狐 「楽しい遊園地」 その5
航太殿に大幅に遅れてお化け屋敷に入場した美狐様達が、航太殿に追いつきたい余りに、何やら大立ち回りを演じている様でございます。
どうやら、脅かす為に立ち塞がる施設の方に、すかさず反撃をしている模様。
響き渡る施設の方の悲鳴と、建物が破壊されて行く音が聞こえて来ます。
恐れていた事態に陥り、私は目を
「あれ? 咲ちゃんと華ちゃん。まだ入って無いの?」
声を掛けられて目を開けると、目の前に航太殿と白馬君が立っていました。二人は既にお化け家屋敷から出て来ていたのです。
これはある意味幸運だったかも知れません……。
「あー、うん、そろそろ順番が回って来ると思うよ。あ、そうだ! 向こうのゲームセンターにあるクレーンゲームでぬいぐるみとか取ってあげると、ミコちゃんとか静ちゃんとか女性陣が喜ぶと思うよー。取って来て欲しいなぁ」
肘で突くと、華ちゃんも理解したみたいで「私もぬいぐるみ欲しいニャン!」とか可愛く言ってくれて、航太殿をこの場から遠ざける為に白馬君を煽ります。
「おお、そうなのか! 皆が喜ぶんだな! なあ航太、ぬいぐるみ取りに行こうぜ!」
「ああ、分かった」
予想通り、お世話好きの白馬君が皆が喜ぶと聞いて、航太殿を引き連れてお化け屋敷から離れて行きます。
屋敷の中で起きている騒動を、航太殿には知られずに済みました。
そして二人が見えなくなった矢先、お化け屋敷から逃げ出して来るお化けメイクをした人達と、崩れ去る建物から胸を張って出て来る三人娘。
この先の事を思うと
「航太殿はおらなんだぞ? もう出て来られておるのか?」
「だから出口でお持ちした方が良いと……」
「まあ、変な妖怪たちを退治出来たし。楽しかったな!」
やってくれました。
これは気狐部隊が総出で後始末に当たらなければならない事態でございます。
木興様に大目玉を食らい、こってりと油を
「静様、とにかくこの状況を周りの人族から隠して下さい!」
「え? ええ、分かりました」
「早く!」
声を荒げる私に驚きながら、静様が妖術を使い、崩壊したお化け屋敷の周辺を変化させます。
『お化け屋敷 大リニューアル中! Coming Soon!』と書かれた楽し気な囲いで覆われ、傍目からは状況が分からなくなりました。
先ずは人族の目に付かなくなり、取り敢えずひと安心でございます。
そして、どう対処して良いか頭を抱えている時でした、突然後ろから声が掛ったのです。
振り向くと意外な顔が並んでいました……。
「ちょっとー! あんた達、何やってるの!」
「あーあ、建物壊しちゃって……嫌がらせ?」
そこに居たのは蛇蛇美と蛇子でした。
何とタイミングの悪い事でしょう。彼女達も遊園地に遊びに来ていたのでしょうか。
「二人こそ、ここで何をしているの?」
「はぁ? ここ蛇由美の実家の経営だよ。私達はバイト。お化け屋敷で騒いでいる変化族が居るって連絡が有ったから、確認に来てみればあんた達が居たって訳よ」
そう言えば、蛇蛇美のクラスに蛇由美という名前の生徒が居た気がします。この遊園地の経営が『遠呂智族』とは知りませんでしたが……。
「ここで働いている人達は、全員遠呂智族の人?」
「いや、殆どが人族だよ。だから、これは雇ってる人達の記憶を消したりしないといけないから、後が大変じゃん」
「あーあ、蛇由美のお父さんに怒られるぞー」
海の家や豪華な旅館、そしてこの遊園地といい、遠呂智族は経営者として優秀な者が多いのでしょうか。
人族の経済界を実は遠呂智族が牛耳っているのではないかと不安になります。
「何じゃお主等は! 妾の邪魔をしに来おったのか?」
「おー! 上等じゃん。更にひと暴れしたい気分だぜ!」
「今日は何だかイライラしているので、うっぷんを晴らさせて頂きますわ」
気が付くと、三人のやさぐれ女子達が傍に来ていました。
蛇蛇美達がここに居る事情も知らず、好戦的な態度を取っています。
「はぁ? あんた達さあ、人ん家の施設破壊しておいて、その態度は何なの? 『ごめんなさい』が先じゃないの?」
普段は遠呂智族の方が断然悪いのですが、今日のこの件に関しては言い訳のしようも無い程に私達が悪いのです。
悔しいですが、蛇蛇美達の言っている事は間違っていません。
それなのに美狐様達は……。
「美狐様! 静様! 紅様! いい加減にして下さい! 何て事をしでかしてくれたのですか。いったいどうするおつもりですか!」
私の剣幕にやっと正気を取り戻したのか、三人ともハッとなり、直ぐにうな垂れてしまいました。
「あーあ、知らなーい。後はそっちで蛇由美のお父さんと話してねー」
「ねえ、蛇蛇美。さっき白馬君をゲームセンターで見かけた気がしたけど、こいつらが居るって事は見間違いじゃないよね。会いに行こうよ!」
白馬君の話が出ると、蛇蛇美の目がハートマークに変わり、直ぐに立ち去って行きました。
そして残された私達の元へは、明らかに遠呂智族と分かる者達が、困惑した顔をしながら近寄って来ます。
「変化族のお嬢様方。事務所の方で少々お話しがございます」
陽子ちゃんに後の事は託して、美狐様達と五人で遊園地の事務所へと向かう事に……。
傾いて来た日差しを背に受け、長くなった影を踏みつつ、うな垂れた三人を連れて遠呂智族の者達が待つ事務所へと向かいました。
――――
「あれ? 今日は朝まで居たんだね」
いつもは寝ている間に神社に帰ってしまうこむぎが、今日は朝まで横で寝ていたんだ。
最近、ミコちゃんや咲ちゃん達が風邪でお休みの間は、こむぎは全然遊びに来てくれなかった。
多分、ミコちゃん達を心配して、傍に付いていてあげていたんだろうな。こむぎは本当に賢くて優しいワンコだ。
寝顔が堪らなく可愛いから、そっと抱き締めてしまう。朝からモフモフを堪能出来て最高だね。
「うひゃ!」
モフモフしていたら、目を覚ましたこむぎから顔を思い切り舐められてしまった。
こむぎが嬉しそうに舐めるから、満足するまで抱っこしながら舐めさせてあげる。
「ねえ、こむぎ。昨日の夜も話したけどさぁ。遊園地が凄く楽しかったんだ!」
「ケン!」
「帰りは一緒に行ったミコちゃん達とはバラバラになってしまったけれど、白馬君と更に仲良くなれて、とっても嬉しかったよ」
「ケ……」
こむぎが急に元気が無くなったみたいだけれど、どうかしたのかな。
『ミコちゃん』って聞いて、急に神社に帰りたくなったとか?
「また、皆で遊びに行きたいな」
「ケン! ケン! ケン!」
「さあ、こむぎが帰っていないと、神社の人達が心配するかも知れないから、一緒に帰ろっか!」
「ケ! ……ケン」
こむぎは何だか帰りたく無さそうだけれど、心配を掛けたら申し訳ないから、やっぱり送って行く事にした。
鳥居が並ぶ階段を上り始めると、こむぎが余りにもトボトボ歩くから、抱っこして一気に神社の階段を駆け上がる。
抱っこしてると首に顔を埋めて来るから、堪らなく可愛くて思わずスリスリしてしまったよ。
階段を上って境内に入ると、何故か見慣れた女の子達がいっぱい居た。
静ちゃんに紅ちゃんに咲ちゃん、それに華ちゃんや陽子ちゃんまで……。
前に会った時と同じように、みんな巫女装束を着ていた。もしかして皆ここで働いているのかな?
「おはよう! こんな朝っぱらからどうしたの?」
「お、おはよう航太君。も、もちろんアルバイトだよ」
「そうなんだ、俺も何か手伝おうか?」
「ううん、全然大丈夫。ありがとう」
「あれ? そう言えばミコちゃんは?」
皆が揃っているのに、ミコちゃんだけ姿が見えなかった。どうしたんだろう。
「ミコちゃん? あれー、さっきまでその辺に居たと思うけど。社務所の中の掃除に行ったのかなぁ」
「そっかぁ、じゃあ宜しく伝えておいて!」
「うん、分かった」
「昨日は遊園地楽しかったね! また遊びに行こうね」
「う、うん……。航太君また遊びに行こうね……」
俺が咲ちゃんと話をしていると、こむぎは腕から降りて、トボトボと
こむぎの飼い主の綺麗な巫女さんにも会いたい気がするけれど、長居しても邪魔だろうから、家に帰る事にする。
――――
「美狐様。こんな大変な時に朝帰りされるとは、なかなかでございますわね」
「あうぅ……」
「木興様のお
「咲よ、いと済まぬ事じゃ……」
「全くでございます……」
美しい巫女姿になられた美狐様は、バツの悪そうな顔をされました。ところが直ぐに険しい表情に……どうしたのでしょう。
「ところでのう。昨夜、航太殿からとんでもない話を聞いたのじゃ!」
「航太殿から? 何の話でございます」
「なになに? どうした」
航太殿の話と聞いて、静様と紅様が直ぐに駆け寄って来ました。
興味があるのか他の者達も集まって来ます。
「何と、蛇蛇美と蛇子が、白馬と航太殿と遊びに行く約束をしたそうなのじゃ!」
「何ですって!」
「あいつらめ!」
「どうやら蛇蛇子の実家が経営している、ボーリングが出来る複合施設に遊びにいくらしいのじゃ!」
「それは許せませんわ!」
「よし! 乗り込んで施設ごとぶっ潰してやる! 皆、一緒に行くよな!」
「行くよー!」
華ちゃんも陽子ちゃんも、元気に手を上げて返事をしています。
全く困ったものでございます。もちろん私も監視役で付いて行きますが……。
今宵のお話しは、ここまでに致しとうございます。
今日も見目麗しき、おひい様でございました。
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