第13狐 「プール清掃」

 夏空、ギラつく太陽、遠くの空に広がる入道雲、そして体操服姿でプールの水が抜けるのを待つ生徒たち。


「のうさきよ、このプール清掃とやらは、しずさんの妖術を使えば一瞬で終わるのではないか?」


「はい。しかしながら、他の生徒や先生方も多数おりますゆえ、術の使用ははばかられるかと……」


「なるほどのう。それでは仕方がない、皆で人族の様に清掃作業をしようかのう」


 今日の授業は高校のプール清掃。美狐みこ様が言われる通り、私たちの妖術を使えば簡単に終えることが出来るのですが、残念ながら人族の生徒達も一緒の為、術を使うことは出来ません。

 水が抜けきると、デッキブラシを持った生徒達が一斉に掃除を始めました。


 もちろん今日も蛇蛇美じゃじゃみ達とのいさかいが起こります。

 派手な妖術合戦は出来ないので、デッキブラシに付いた緑のを飛ばし合って戦います。

 普段とは違い、妖術で洗い流す事も出来ないので、私達十一組と蛇蛇美達十二組の女子の多くが、頭の先から緑の斑点はんてんだらけになっておりました。


「咲、わらわはそろそろ堪忍袋かんにんぶくろが切れそうじゃ……」


「うぷっ!」


「咲! 今、笑ったであろう! 妾を見て笑ったであろう!」


 美狐様は藻の妖怪みたいにお成りでした。流石に笑わずには居られません。

 どうしても笑う事を止められずにいると、ねて緑色のほほを膨らませた美狐様が、辺り構わずデッキブラシを振り回されました。


「きゃっ! 美狐様何ですの?」


「美狐様酷い!」


 美狐様の無差別攻撃に、周りに居た静様やはなちゃんが被害者になりました。

 ところが皆も緑の藻だらけになっているので、悪戯いたずら半分に反撃が始まります。

 更に、あたり構わず振り回されるデッキブラシのせいで、周りにいる女子達に藻が飛び散ります。

 そして蛇蛇美や蛇子達までもが、敵も味方も関係なく藻の飛ばし合いを始めてしまいました。

 皆楽しくなってしまったのか、黄色い声を上げながら藻を跳ね上げます。プールの一角で、藻の跳ね上げ合戦が始まってしまいました。


「コラー! お前たち何をやってる!」


 体育教官の一喝いっかつと共に、ホースを使った強力な放水を浴びせられ、その一角にいた女子は全員頭からずぶ濡れになってしまったのです。

 結局、私達はプールサイドに上げられ、関わった女子全員で正座をさせられる事に……。そんな中でも『美狐が悪い』、『蛇蛇美が先にやった』などと詮無せんない言い争いが小声で続いています。


 お説教をされている私達を尻目に、プールでは他の生徒達が清掃作業を続けていました。

 私は有る事に気が付き、美狐様の気を逸らそうとしていたのですが、正座をしている状況では上手く行きません。


「のう咲よ、あれは妾の目の錯覚さっかくかのう?」


「はて、何の事でしょう?」


たわむれを申すでない!」


「……」


 美狐様の視線の先には、女の子と楽しそうに話しながら清掃をしている航太殿がいます。

 女の子の方が積極的なのか、やたらとスキンシップ図って航太殿と密着しているのです。


「咲よ、あの女もクラスメイトか?」


「はい。火鼠ひねずみ族の陽子ようこさんかと……」


「ひとりだけ夏じゃのう」


 陽子さんは南の国からやって来ている火鼠族の女の子です。

 健康的な褐色かっしょくの肌に、南国風のどぎつい化粧。ハイビスカスの花を髪留かみどめにして、派手なイヤリングをしています。

 しかも、皆が体操服を着ている中で、大きな胸がこぼれそうなビキニを着てアロハシャツを腰の部分で結び、開放的な南国リゾート女子の姿なのでございます。航太殿もメロメロといった感じでした。


 イチャつく二人を見ながら、美狐様の歯ぎしりの音が聞こえて来た時でした。忍ぶ術を駆使されたのか、騒動には参加していなかった紅様が、何故か二人の傍に……。

 どうやら陽子さんの航太殿への露骨な誘惑に気が付いたご様子です。

 素早く航太殿の腕をつかみ、引き離したかと思いきや……。


 紅様は首から胸までが裂けている体操服を着ています。しかも下着を着けている雰囲気はありません。

 陽子さんの胸にき付けられている航太殿が面白かったのか、それとも身動きが取れない美狐様に対する悪戯なのか、航太殿の顔をその胸にうずめさせてしまったのです。

 

「お、おのれ紅め! お、お、覚えておれよ!」


 美狐様が怒りに打ち震えています。

 対抗意識でしょうか、美狐様の胸の部分が徐々に膨らんで参りました。


「美狐様! なりませぬ。ここで急に胸を大きくしてはなりませぬ……」


「ぐぬぬぬ……」


 ――――


 その夜、白狐びゃっこ姿の美狐様は、案の定、ご機嫌斜めのままで航太殿の家より戻られました。

 今日も帰るや否や、紅様に飛び掛かられますが、紅様はひらりと宙に舞いかわされました。


「紅! 降りて参れ! お主のせいで、航太殿がほうけておったわい!」


「やーい! ちっぱーい!」


「やかましい! 木興爺きこじいのせいで、本当の姿が見せられぬだけじゃ!」


「そんな回りくどい事している間に、私が航太殿とうてしまおうか? 今日もまんざらでも無さそうだったぞ!」


「……ううう」


 美狐様は突然本来の人の姿に変化へんげされました。

 その美しさたるや、やはりこの世に美狐様の様に見目麗しき者は二人としておりますまい。

 しかし、月光に照らされた二つの瞳からは涙が溢れて参りました。

 美狐様はその場にしゃがみ込み、顔を手で覆って泣き出されてしまわれたのです。

 紅様の言動が、余程口惜しかったのでしょう。


 流石に気まずくなったのか、紅様が降りて来られて、美狐様のかたわらに立たれました。


「美狐様……。申し訳ございませぬ、それ程まで……」


 紅様が言い終わる前に、美狐様の腕が紅様の頭を抱え込みます。


「この性悪しょうわるがらすめ! 仕置きじゃ!」


 美狐様が紅様の頭をポコポコと叩かれています。

 笑顔になられてはいますが、その瞳からは美しき涙が溢れ続けていました……。




 今宵のお話しはここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

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