第13話

 その後、父と少し雑談をし、話を終えてジョシュア様と執務室を出て玄関へ向かう。


 父も玄関まで見送るため、私達の後ろを歩いていた。


「トレニア嬢、一旦俺は家に戻るが君はどうする?寮に戻るのか?」


「そうですね、私「お姉様っ!!」」


 後ろから大きな声で呼ばれ、振り向くと妹のソニアが駆け寄ってこようとしている。


「ソニア、走ってはいけないわ。あっ……」


 危ないと言おうとした時、ソニアはジョシュア様の目の前で足を取られ、咄嗟に手を出したジョシュア様がソニアを抱える形となった。


「あっ、ごめんなさ……い」


 ソニアはジョシュア様の腕の中で彼を見上げる。


 ソニアからすればいつもの感覚なのかもしれない。ジョシュア様に潤んだ瞳で彼を射貫くように見ている。


 ジョシュア様はソニアをじっと見つめている。


 ………

 ……

 …。


 ……あぁ。


 人が恋に落ちるってこういう事なのね。


 ストンと何か私の中で理解してしまった。 

 信じたくない。

 違うと言って欲しい。


 けれど、時が止まったように二人は見つめ合っている。後ろから見ていた父は口を開くことはなかったが何かを感じとっている様子だ。


「ジョシュア様、いつまで妹を抱いているのですか?」


 私は見つめ合う二人に心が苦しくなり、堪らずに声を掛ける。


「あ、あぁ。そうだな。君が妹のソニアか? お転婆なのはいいが気をつけるんだ」


 そう言ってソニアを抱き止めた手を惜しむように離す。


 その僅かな動きに私の心がじりじりと痛みを覚えた。


「この方はお姉様の知り合い? お名前は何と言うのですか? 素敵な方。私と今からお茶をしませんか?」


 ソニアもジョシュア様のことが気に入ったようでここぞとばかりに質問し、私からジョシュア様を離そうとしているわ。


「ソニア、止めて。彼は私の婚約者のジョシュア様よ。貴方にはアレキサンダー様と言う婚約者がいるでしょう? 婚約者がいるのにお茶に誘うのはいけないことよ」


 私はソニアに諭すように、自分の心を隠すようにゆっくりと話をする。


「お姉様ばかりずるいわ! 私だってジョシュア様とお茶くらいしたいわ」


 けれど、ソニアは私の注意を気にした様子はない。いつもの奔放さに頭が痛くなる。


「ジョシュア様、行きましょう? 私は寮に戻りますわ」 

「……あぁ。そうだな。ではソニア嬢」


 私はジョシュア様と馬車に乗ったのはいいが、行きと違い馬車内は沈黙に包まれていた。


 ジョシュア様は窓の外に視線を向けたまま何かを考えこんでいる。


 やはり、ジョシュア様はソニアに恋してしまったのかもしれない。


 信じたくない。


 また裏切られるのかと忘れかけていた黒い感情が噴き出し始める。


 ……苦しい。


 叫びたくなるほどの感情が喉をつかえさせ、身体を支配しようとするが、ぎゅっと手に力を入れ感情を押さえつける。


 私達は無言のまま寮に到着し、ぎこちない笑顔でジョシュア様にお礼を言って部屋に戻った。


 馬車で待機していたローサは私の荷物を片づけるために一緒に寮に戻ってきた。


 邸を出てからの二人の雰囲気を感じ取ったローサは心配そうにしている。


「お嬢様、邸で何かあったのですか?」

「……ローサ、ジョシュア様との婚約はきっとなくなるわ。さっきね、お父様の執務室へ婚約のお願いをしに行ったの。お父様は喜んで了承してくれたわ。そこまでは良かったの。でもね、ソニアが、ソニアがジョシュア様に抱きついたの。


 人が恋に落ちる瞬間って見ていてわかるものなのね。ソニアに声を掛けてからのジョシュア様は考え込んで私には目も合わせず、口も開かなかったの」


 彼のあんな姿を見たくなかった。


 ローサは私を強く抱きしめて、私の代わりに泣いてくれている。


 私の心が痛くて苦しいって叫んでいる。

 嘘だと思う、思いたい。

 でも、どうにもできないの。


 ジョシュア様を思う自分がいるのに彼は妹を見ていた。


 私を見てと心が叫ぶの。




 その晩から三日程私は熱を出し寝込んだ。ローサは付きっきりで看病してくれたの。


 ようやく熱も下がり、心の痛みも蓋をしてなんとか心を保つ事が出来たと思う。


 明日から学院が始まる。熱も下がって良かったわ。なんとか学院へは行けそう。


「ローサ、学院は明日から始まるわ。私のことはもう大丈夫よ。ローサは邸へ戻ってちょうだい」

「お嬢様、私はずっとお嬢様の側にお仕えします」

「ローサ、ありがとう。貴女だけよ? そう言って私を大切にしてくれる人は。家族以上の家族だと思うわ。……お願いがあるの。邸に戻ってソニアのことを見ていて欲しいの。何かあったら教えて欲しい。貴女しか頼ることが出来ないの」


 ローサは辛そうにしながらも頷いた。


 私は自分からローサに告げたけれど、やはり苦しくてローサを抱きしめて泣いて泣いて声を上げて泣いた。


 目を擦ってはダメですよ! と最後に注意してローサは邸へと戻って行った。

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