第3話

 父はおもむろに口を開いた。


「トレニア、卒業パーティーの話だ。あの日、トレニアはあの場に居たと思うが、グリシーヌは第二王子のディラン殿下に婚約破棄を言い渡された。


 翌日私は婚約破棄に抗議するため王宮へ向かい、陛下に詰め寄った。だがディラン殿下は大勢の貴族たちの前で婚約破棄を高らかに宣言したため、婚約破棄を覆すことは不可能だった。


 グリシーヌがエレノア・ナラン子爵令嬢を虐めていたとディラン殿下は主張していたが、目撃者はなく冤罪である事は陛下より認定された。


 そして婚約破棄が決定的になった理由なのだが、ディラン殿下はエレノア・ナラン子爵令嬢と不貞を犯していたことが事実だと認められた。王子殿下とは婚約破棄の上、王家が我が家へ慰謝料を払う形となった。


 これが昨日までの話だ。トレニア、お前は今まで侯爵家の跡取りとして勉強してきたが、これからはグリシーヌがルーカスと共にこの侯爵家を継ぐ。分かったか?」

「えっ」


 父は何と言ったの?


 それはあまりに唐突で私には理解できなかった。いや、理解したくなかった。


 だって、それは、今までの私を全て否定するということ。


 ずっと一人だった。

 一人領地で過ごし、視察に周り、跡を継ぐために勉強だって頑張ってきた。周りから何を言われようともずっと、ずっと我慢していたの。


 それなのに……。


「なんだ? 何が不満なんだ」


 父は眉間に皺を寄せ私を見ている。


「私は侯爵家を継ぐためだけに一人家族と離され領地で過ごし、時には領民たちとの折衝に駆り出され、遊ぶこともお茶会も無駄だと参加できなかったのです。今まで必死で領民のためだと勉強してきたのですよ。急に言われても納得できません」


「仕方がないだろう! グリシーヌはディラン王子に婚約破棄されてしまった。良い縁談は今後望めないのだから次女のお前が譲るのが筋だ」

「……そんなっ。酷い」


「仕方ないわ。ルーカス君だってトレニアよりグリシーヌの方がいいに決まっているじゃない。諦めなさい」


 お母様は私の我儘を諫めているつもりなのかため息を吐きながら私に向かってそう告げる。


「……ルーカス様」

「トレニア、すまない。美しいグリシーヌを妻に迎えたいと思っている。俺は昔からグリシーヌを想っていた。


 君よりずっと美しいグリシーヌを妻にすることが俺の夢だ。グリシーヌに近づきたいために君の婚約者になった。トレニアなら分かってくれるだろう?」


 すまないと口にしながらも彼の視線は姉を追い、美しい姉を妻に出来る喜びからか口元は緩んでいる。


「あらっ、ルーカス。嬉しいわ。そんなに私のことを想ってくれていたのね」


 ルーカスはグリシーヌの髪を一房すくい上げキスを落とす。


 ……酷い。


 なんて酷い茶番劇を見せられているのだろう。

 これは夢で現実は違うと誰か言ってほしい。

 姉の近くにいる為に私と婚姻しようとしていたなんて酷い。


 誰か嘘だと言ってほしい。


 私は姉や妹のように美しくないから。

 父も母も領地のことを全て私に押し付けておいて何もなかったかのように手のひらを返すの?


 悔しさと悲しみが溢れ出し震える手に力を込める。


 婚約者の裏切り、両親への苛立ちや憤り。

 色々な暗い感情が身体の中を駆け巡る。


 ルーカス様とは政略結婚とはいえ、婚約してからお茶会や学院で一緒に過ごし、お互いに信頼し合い、この先も仲睦まじく過ごしていくと思っていたの。


 ……なのに。


「そうですか。では私はこれまで領地の勉強をしてきましたが、それもしなくてよくなったということですね。それに私がいるとお姉様やルーカス様も気をお使いでしょう。残りの学院生活は自分のために使いたいので、どうか私を寮に入れて下さい」


 私は泣きたくなる思いを心の奥に押し込み、表情を無にして席を立ち、淑女の礼を執る。


「お話がこれだけでしたでしょうか。では私はこれで失礼します」


 父は何かを言っていたようだが、私は立ち止まることなく執務室を後にし、部屋へと戻り鍵を掛けベッドへ崩れ落ちた。


 ……酷い。


 今までの私の頑張りは何だったの?


 いつも、いつも、いつもグリシーヌ姉様やソニアのことばかり。

 私は、私は我慢させられてばかり。


 私が何をしたというの?


 ルーカス様も。


 私はグリシーヌ姉様の妹だから目を掛けていただけなの?

 デートや贈り物も義理でしていただけなの?

 仕方なく私と婚約していたの?


 恨み、怒りが頭を駆け巡り、苦しくて身体が動かない。


 もう、嫌。

 苦しい。

 誰か助けて欲しい。

 誰も私を見てくれない。


 執務室に入った時の和やかな雰囲気。私は必要とされていないと考えるのに充分な光景だった。


 もう、この家に居たくない。

 家族の誰とも会いたくない。

 一人で生きていきたい。



 私が部屋に戻った後、暫くして話し合いを終えたのかルーカス様が私の部屋をノックして声を掛けようとしていたようだが、私は無視を決め込んだ。


「トレニア、開けてくれ。話がしたいんだ」

「……」

「トレニア」

「あら、私と話をするより賢く美しい姉と話す方が建設的ですわ。婚約者のいる男性を部屋に入れるなんてはしたないことは致しません。姉に疑われても困りますので、どうぞお引き取り下さい」

「……トレニア」

「私に構わず、お姉様と末永くお幸せに」

「……」


 諦めて家族の元へ向かったようだ。


 ……あんな男なんてもう会いたくもないわ。


「トレニアお嬢様、大丈夫でしょうか」


 今日の出来事を耳にしたようで一人の侍女が夜遅くにそっと私を心配して来てくれたのが少し嬉しかった。

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