第2話 遺品
父の葬儀は、父の実家で行われたが、母は行かないとのことで、私が行くことになった。
とはいえ、ご焼香だけで、父方の親族に軽く挨拶して、逃げるように父の実家から母の実家へ、その日のうちに移動した。
途中、立ち寄ったコンビニで『赤いきつね』のカップ麺が目に止まると、少し腹立たしいような気持ちが湧き上がってきた。
久しぶりに会う母は少し痩せ、白髪も増えたような気がしたが、離婚した後、再婚をしないまま暮らしているせいなのか、同世代よりは若く見える。
「遺品の整理を頼まれたよ」
言葉少なめに葬式の様子を伝え、預かった家の鍵を母に見せた。
「私は行かないわ…今更、何も無いし…形見なんて欲しくもないしね」
昔から気が強く、ドライなところはあったが、父のことを割り切ったというよりは、関わりたくないといった口調だった。
それでもと思い、母にも父と暮らした家へ行かないかと私なりに説得はしたのだが、母の気持ちは変わらなかった。
結局、母に頼まれて遺品の整理は、私一人で行くことになった。
父方の親戚も、まずは私たちが入ってからということだったので、父の死後、この家に入るは私が最初になる。
鍵を開けて中へ入ると、昔住んでいたとは思えない程に他人の家の匂いがした。
まずは、当時の私が使っていた部屋に向かった。
2階への階段がギシッと音を立てると、やはり時間の流れを感じる。
かつての自室は、出ていった時のまま、冬の日差しが差し込んでいた。
時が止まっているかのように錯覚したのは、綺麗に掃除されていたからなのだろう。
父が自室に籠っている姿をボンヤリと思い出し、そんな父が家中を掃除している姿が想像できなかった。
どんな気持ちで僕の部屋を掃除していたのだろう。
そんなことを考えると、こみ上げてくるものがあり、それを抑えようと歯を喰いしばる、すると喉の奥が痛くなった。
心のどこかで泣きたくない、なぜかそんな意地を張っているのだ。
仕方なく遺品の整理に来たのだ、思い出を掘り返しに来たわけではない。
そう自分に言い聞かせて、リビングの隣にある父の部屋のドアを開ける。
(あのときのままだ…)
所々、変わってはいるのだろうが、雰囲気というか物の配置や置き方は、遠い記憶のままである。
釣り道具に囲まれた部屋、小さな古い冷蔵庫、その脇に箱で置いてある『緑のたぬき』
(ホントに、あの頃のままだ…)
父の部屋で、わずかな時間だけ、父のことを考えていた。
母の実家には寄らずに、僕は、まっすぐ東京へ戻った。
狭いアパート、小さな机に手入れされた釣り竿を1本置いて、父の実家に電話した。
「はい…後は、お任せします」
湯を沸かし、カップ蕎麦に注いで5分の間、僕は生まれて初めて声を出して泣いた。
父の部屋から1個だけ持ってきた『緑のたぬき』
初めて食べた『緑のたぬき』は暖かくて少しだけ切ない味がした。
暖かくて少しだけ切ない 桜雪 @sakurayuki
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