モブキャラ転生

@gmgd767667

1話 とある少女

 剣と魔法の世界。外からみれば響きは良いかもしれない。だが、殺戮とした世界である。争いが多く、魔法の発達により文明が進歩しない。その地に住む人々にとって世界は、常に死と隣合わせであった。


「くる」


 辺境の農村にて、1人の少女が言葉を放った。少女の服は、簡素なものであった。肌は荒れ果て、服は布きれのようなものである。


「また、言ってるのかい。来るって何が来るんだい」


 向かいの変形した木こりに座るのは、皺の深い婆さんであった。


「分からない。でも、―くる。これだけは、分かるの」


 少女は、真っ直ぐな目で言った。その瞳を見ると、婆さんは腰を上げた。


「そうかい」


 真意は不明である。婆さんは、視線を村に向ける。その顔は、ひどく歪んでいた。

 視線の先には、歪な形をした古びた家と死体が横たわる地面があった。


「あんた、この光景をみてどう思う?」


「助けにきてくれないのって思う」


 魔法は確かに人々の生活を豊かにした。最たる例は、魔道具という存在であろう。だが、豊かにしたのは一部の人間である。魔道具というものは、一般的には、出回ることはない。現に、この村に魔道具というものはない。


「そうさね。村のみんなが思ってることさね。でも、助けにくることはないだろうね」


「なんで?」


「価値がないからさ」


 婆さんは、歪んた笑みを浮かべる。少女が「え?」という顔を浮かべる。


「そんな理由で助けにきてくれないの?」


 少女からしたら意味が分からない。それは、まだ子供の証拠である。


「そうさ。この村には、価値がない。価値のない命が多い。代えがきく。だから、助けにこないのさ」


 この村は、農村である。大半は、農作業に従事する者である。この村にも、農奴より上の身分である農民などがいるのだが、それでも代えがきくのだ、この世界にとって。


「嫌いかな、その考え」


「なら、上に立ってみるがいい」 


「え?」 


 少女は、また意味が分からないといった顔をする。


「壊れた物を正すには人がいる。考えを正すには、人がいる。己の考えを押し通すには、上にいく必要がある」


 弱者がいくら唱えようと誰も反応しない。だが、強者が言葉を発するのならば話は別である。今の少女は、まだ地位が低い。もし己の考えを押し通すのならば―


「王」


 少女は、ぽつりと呟いた。それを見て、婆さんは笑みを浮かべる。


「そうさ、王だよ。てっぺんだよ。この国で一番偉い。まぁ、過酷な道になるだろうけどねぇ」


「私、なる気ないよ。そもそも、なろうと思ってもなれないでしょ」


 この国―ラシリスは大国である。王が君臨し、その子供たちがいて、貴族がいて、聖職者がいて、騎士がいて、冒険者がいる。

 その者たちは、農奴である彼女を王と認めるだろうか?例え力をつけたとしても、農奴という血筋を許容するだろうか?


「確かにそうさね」


 婆さんは、寂しそうに笑った。農奴が王になるなど夢物語である。



 ◯


(ここはどこ?)


 目を開けると、知らぬ場所に立っていた。視界に広がるのは、畑である。

 僕の名は―


 あれ?

 いじめられっこで学校に行く道をびくびくと歩いていた事は思い出せるのに、名前が思い出せない。


(って、今はどうするかだ)


 焦ることはない。おおまかだがこの状況に、予想はついた。恐らく、異世界転生というやつだ。窪んだ水面には、僕の知らぬ顔がある。この手のやつはよく読んだことがある。


 時間が経つと、人生をリスタートする決意はできた。前世はよいものじゃなかったし、両親は常に死んでいた。だから、割り切れる。

 

 (これは、チャンスだ)


 前世は、糞みたいな人生を送ってきた。神が与えた試練か褒美か分からないが2度目の人生を送れるのだ。今度こそ僕は、― 普通の人生をおくる。



 ◯


 僕は、この農村に転生してから3日が経った。分かったのは、自分の身分が農奴だということである。そして、国名がラシリスということ。そういえば、ラシリスという国名はどっかで聞いたことあるような気がする。


「おいおい、自分の身分も忘れちまったのか」


「ごめんなさい」


 隣の木こりに座るのは、同じ農奴である。ちなみにだが、名はない。農奴は、この世界にとって最下層の身分であり、名は必要ないと判断されているらしい。


「まぁ、いい。とりあえず、農祭の未参加の分は働けよ」


 転生した日は、農祭とかいう収穫日だったようだ。村の住民全員が強制参加であり、もちろん農奴も参加だ。僕は参加できなかった。そもそも、記憶がなかったのだ。


「分かりまし―」


「敬語は、しなくていいぞ。親友」


 どうやらだが、この隣にいる農奴はこの体の持ち主の親友だったようだ。


「分かった」


 そう言うと、親友はくっしのない笑みを浮かべた。


(眩しい)


 僕は、顔を逸らす。彼は、僕のことを親友だと思っているらしいが違うのだ。いつか打ち明けることのできる日が来るのだろうか。僕には、分からない。


 「そういえば、変わったよな」


 「まぁ、変わったよ。記憶なくしちゃったわけだし」


 「そうじゃねぇ」


 「え?」と口に出す。


 「目に光があるんだよ。なんつーか、俺らと違うってか」


 「目標があるから」 


 僕には、目標がある。普通の人生を送ることだ。前世ではできなかった目標だ。てか、物理的に分かるもんなのか。目に光があるとか。


 「どんな目標だ?」


 「普通の人生を送る」


 そう言うと、親友は目を見開く。あれ、普通すぎた?だが、どうやら違うらしい。


「ずいぶんと贅沢なこった」


「贅沢?」


「お前の身分は農奴だ。この意味がわかるか?農奴ってのはすぐ死ぬんだ。なんせ、戦争にもいかされるんだからな」 


 (ああ、やっぱ戦争とかあるんだ)


 村をみる限り、文明が発達してないように見えた。そういう世界には、戦争がつきものだ。


「成り上がればいいじゃん」


「なに?」

 

「農奴の身分から脱却すれば良くないですか」 


 親友は、驚いた顔をした。


 「できれば苦労しねぇよ。でもな、無理なんだよ」


 「無理とは、この世に不可能なことなんて一つもないと思ってますけど」


 確かに、辛い道かもしれない。農奴がいるってことは、封建制度が引かれていると思う。甘くはないだろう。だが、僕はあきらめる気はない。

 そして、手段を選ぶつもりもない。


「不可能?ああ、まぁ確かにないな。だが、現実的に無理なんだよ。知ってるか?身分を上げるには、でかい武功を挙げるか、発明をしたりしねぇといけねぇんだ」


「分かってる」


「俺ら農奴は知恵もなければ、力もねぇ。そもそも、環境がない。だから、無理だ」


「まるで、言い聞かせてるみたいですね」

 

「なに?」

 

「僕は、諦める気はありませんよ。今度こそ、普通の人生を送ります」


 贅沢かもしれない。けれど、この思いは譲れない。この日から、波乱の日々が始まった。








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