第10話「劣等感」
「リアーナ様とユーフェア様は昔から仲がとても悪く……いえ、リアーナ様が一方的に嫌っていた、と言った方が正しいでしょうか」
そう言って、グレースさんは顔を俯かせた。
「どうして嫌っているんですか?」
同じ姉としては妹は可愛がることが当然――と思いはしたが、家庭の事情は人それぞれ。
私がそうだからと言って価値観を押し付けるつもりはないけれど……それにしても実の妹に「会ったことがない」なんて、あまりにも笑えない冗談だ。
ユーフェアを可愛がらないというのも妙な話だ。
普段は顔を隠しているけれど、ユーフェアは庇護欲をそそる愛らしい容姿をしている。
あの子の能力に魅せられた
聖女という立場もあり、むしろ自慢の妹と誇ってもいいくらいなのに。
「おそらく、劣等感からくるものでしょう」
「劣等感?」
「リアーナ様は、婚約者のお心をユーフェア様に奪われているのです」
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ホワイトライト公爵家の歴史は長く、家系図はオルグルント王国建国当初にまで遡ることができる。
由緒正しき血統を持つ一族であり、当然のようにその名を汚さぬよう高い教養が求められた。
ありとあらゆる座学はもちろん、礼儀作法、社交性。
その一族の元に生まれたユーフェアも例外ではなかった。
しかしユーフェアは、父が満足する結果を出すことができなかった。
ユーフェアは何でもできる万能型ではなく、興味が向くことにしか力を発揮できない特化型だ。
私も同じタイプの人間だからよく分かる。
ユーフェアのそういった気質は、ホワイトライト家では受け入れられないものだった。
父からは見放され、兄からはいないものと扱われ、姉からは見下される日々。
リアーナは自らの日々のストレスを、ユーフェアにぶつけることで発散していた。
自分が課せられている重い課題をユーフェアは免除されているという点で不満もあったのかもしれない。
そうした中で、リアーナに婚約の話が持ち上がった。
相手はオルグルント王国の第十二王子・サリオン。
王位継承権こそ無いに等しいものの、家柄を何よりも優先するホワイトライト家にとって最良の相手だった。
――しかし顔合わせの当日。
「サリオン殿下。わざわざお越しくださいましてありがとうございます」
「構わないさ。窮屈な王都を出るいい言い訳になっ……た……」
サリオンの目が、何かを見つけてふと止まる。
「殿下? どうされました?」
「……」
サリオンは何も答えず、ゆっくりと歩き出した。
婚約者であるリアーナの横をすり抜け、後ろで出迎えていたユーフェアの前で膝を付ける。
「え。え、えぇ」
「君、名前は」
「あ……の、ユー、フェア、です……」
「ユーフェア。素敵な名前だ」
サリオンはユーフェアの手を取り、口づけをした。
ひっ、と、ユーフェアが小さな悲鳴を上げる。
「殿下! 何をなさっているのですか?」
「リアーナ。悪いけど君との婚約は無かったことにしてくれ」
「はぁ!?」
サリオンは突然のことで硬直しているユーフェアを抱き寄せ、悪びれることなく告げた。
「俺、この子に一目惚れしたから」
「…………………………ぇ」
蚊が鳴くような声を上げながら、ユーフェアは顔を青ざめさせた。
▼
「ユーフェア様にそんな気がないことは明白でした。しかしお父上はサリオン殿下の言うがままにユーフェア様を差し出し、リアーナ様は脇に追い遣られてしまったのです」
「そうだったんですか……」
「リアーナ様はその一件で深く自尊心を傷付けられ、ユーフェア様を憎むようになったのです。ユーフェア様や私ども使用人を含めて誤解を解こうとしましたが……聞く耳を持ってはいただけませんでした」
リアーナから見れば、虐めていた相手が復讐のため婚約者を横取りしてきた――と思い込んでも仕方のない構図だ。
サリオン殿下の手癖の悪さは噂に聞いたことがあるけれど、まさかユーフェアを娶ろうとしていたなんて。
「その婚約、今はもう無効ですよね?」
「ええ。ユーフェア様が聖女に選ばれましたので」
王族は好きな相手を婚約者に選ぶことができるが、唯一、聖女だけは選べない。
これは神事と政を一緒にして権力の集中を防ぐためだ。
強引に婚約を結ばされそうになったところで話がなくなり、ユーフェアは聖女となった。
それ以降、リアーナとユーフェアの関係は断絶している。
……はずだった。
「実は、リアーナ様が山に向かうところを偶然見まして」
「なんですって?」
「見たことのない男性を連れておられました」
ふと、ユーフェアの家の傍にあった足跡を思い浮かべる。
大・中・小、三人分の足跡のうち小はユーフェアのもので、他の二つは誰の物か定かではなかったけれど。
中がリアーナで、大がその男だとしたら?
何らかの目的でユーフェアを連れ戻そうとしたリアーナ。そこにたまたま居合わせたルビィが巻き添えを食う形になったとしたら?
……ユーフェアの念話の内容も含め、辻褄は合う。
私は徐々に薄暗くなっていくホワイトライト家の屋敷を眺めながら、拳を握った。
「どうやら、もう一度話を聞く必要がありそうね。リアーナ」
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