第13話「槍と目」

 マーカスが憲兵を追い払う様子を見終わってから、私はエキドナの元へと急いだ。


「随分遅かったじゃないか」


 傭兵の訓練視察を既に始めていた彼女は、私が着くなり眉を上げた。


「寄り道でもしてたのか?」

「ええ。ちょっとトラブルが――」

「何をやらかした? 怒らないから正直に言え」


 何故か私が何かやったと思い込まれたようで、エキドナは肩を掴んでぐらぐらと揺らしてきた。

 まるで私がトラブルメーカーみたいじゃない。


「落ち着いて。私が起こしたんじゃないから」


 事の顛末を伝えると、エキドナは納得したように息を吐いた。


「まさか反聖女派の奴がこんなところにまで来るとは……」

「同志を探しているみたいよ」


 聖女の威光は地域によってばらつきがある。

 外縁部と王都は強く、中間地域は弱い。

 王都では教会本部が睨みを利かせているし、外縁部は聖女の恩恵を直に受けているためだ。

 けれど、そのどちらからも離れている場所はそれほどでもない。


 大して何もしていないのに神の名を借りて税金でぬくぬくと暮らしている訳の分からない連中、と思う者が一定数現れても何ら不思議はない。


 そうでなくとも人の数だけ考え方はある。

 私は聖女の力は魔法の一種であると証明したけれど、それを認めない者がいることと同じだ。


 いくら証明をしても、人の感情は事実を受け入れないことがある。

 私はこういう性格なので感情の機微には疎いけれども、それだけは理解している。


「っていうかそいつら、どうやって救援要請のこと知ったんだろな?」

「さあ。輸送途中の手紙を見たんじゃないかしら」

「……それって普通に越権行為だろ」


 知り合いの憲兵にチクってやろうか……と思案するエキドナ。

 たぶん、言ったとしても彼らが罰せられることはないだろう。

 あの手合いは違法行為をすり抜ける術を心得ている。

 今、ここで彼らを罰せられる誰かがいない限りは有耶無耶にされて終わりだ。


「手を貸してくれない連中のことなんて放っておきましょう」

「ん……そだな」


 エキドナは寄せていた眉を元に戻し、気分を切り替えるように首を振るった。



 ▼


 訓練の視察で聖女がすることは基本的にない。

 サボっていないかを見る、というよりは「俺たちはこれくらいやれるぜ!」とアピールし安心させるのが目的……だそうだ。


 私もエキドナも同じ聖女だ。

 だから訓練風景に差などあるはずがない――と、思っていたのだけれど。


「私の時とはずいぶん違うわね」


 大人しく木剣で打ち合いをしたり、魔物の生態について講義を受ける傭兵たちを眺めながら、私はぽつりと呟いた。


「みんな随分と大人しいわね」

「そうか? アタシの時はいつもこんな感じだけどな」

「試合を挑まれたりしないの?」

「待て待て。なんで聖女が試合を挑まれるんだよ」


 眉を顰めるエキドナに、私は普段の訓練風景を伝えた。


「実戦形式で相手をして、癖とか意識するポイントとかを伝えていたんだけれど」

「聖女がやることじゃねーだろそれ……」


 はぁ、とエキドナは前髪をかき上げる。


「お前といると聖女の概念がぶっ壊されそうだ」



 ▼


 魔物の活動期が確認されてから、一週間が経過した。

 大陸中央では相変わらず魔物が生存競争を繰り広げている。

 野に降りてくる魔物の数も減らないけれど、増えた分だけ私が処理しているので被害は軽微だ。

 「こんな穏やかな活動期は初めてだ」と、マーカスも驚いていた。


「憲兵の奴ら、今ごろ地団太踏んでるだろうな」


 小気味よくエキドナが笑う。

 マーカスに無礼を働いた例の憲兵たちは、まだ近くの村に滞在している。

 こちらが泣きついてくるのを待っているらしいけれど――そんな日は来させない。


 何せ、ここにはルビィがいるのだから。

 ちなみにルビィは料理の腕をめきめきと上達させている。

 芋の皮むきは初日より平均して十一・六秒早くなり、皮に身が残る割合は四パーセント減少している。

 その成長ぶりは目覚ましく、明日からは別の仕事も任されるとのことだ。


 妹がこれほど頑張っているのに、頑張らない姉がどこにいるのだろう。

 魔物の百匹や二百匹、どんとこい、だ。


「しかし、本当に疲れてないのか? ほとんど寝てないだろ」

「大丈夫よ。二時間も眠れば十分回復できるわ」


 もともと私は短眠なほうだ。

 何かに夢中になると忘れてしまう程度に、睡眠への欲は少ない。

 さすがに一週間徹夜した時は幻覚が見えたりしたけれど、今は【疲労鈍化】も併用しているので翌日に疲れは残っていない。


「さて、行ってくるわ――と」


 懐に付けていた通信札が魔力の揺れを感知する。

 ユーフェアからだ。


『クリスタ。いま危ないところにいる?』


 砂をこすり合わせたような音と共に、ユーフェアの声が響く。


「危ないと言えば危ないところかも。どうしたの?」

八叉槍はちさそうと鷹の目に気を付けて』

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