第18話「妹は挑戦したい」

「やっと終わった……」


 マリアにこってり絞られた私とベティは、二人でとぼとぼ教会を後にした。


 昨日の今日だからか、マリアの怒りは相当なものだった。

 天井知らずの馬鹿とか、落とした常識を拾って来いとか、溢れ出る罵詈雑言を杖と共に受けた私の身体はボロボロになっていた。


「大丈夫ッスか? 先輩」

「そういうベティこそ」


 軽く済ませるはずだったベティへの注意も、杖での折檻に昇格していた。


「ごめんなさい。私のせいで巻き込むような形になっちゃって」

「私が好きでやったことなんで、先輩が気にする必要はないッス」


 朗らかに笑いながら、ベティは叩かれた尻に自分でヒールをかけていた。


「何か恩返ししないと」

「いらないッス……って言っても、先輩は納得しないッスよね」


 私の性格をよく知っているベティは、うーんとしばらく視線を彷徨わせたあと、指を立てた。


「そうだ。でしたら先輩の家でお茶をご馳走して下さい。それで今回はチャラッス」

「そんなことでいいの?」

「はい。あのメイドさんの煎れてくれるお茶、好きなんスよね」


 ベティは手を差し出してきた。

 私の実家まで転移で行こう、ということらしい。


「……ありがとね、ベティ」


 私は礼を言ってから、その手を握った。



 ▼


「お帰りなさいませクリスタ様。ソルベティスト様もようこそ」


 ベティの転移でエレオノーラ領に移動すると、メイザが出迎えてくれた。

 無表情メイドはいきなり現れた私たちを見ても動じる素振りすらない。


「ただいま。ルビィはいる?」

「ええ。丁度お茶の用意をしていたところです」


 ワゴンにティータイムセットを揃えており、どこかへ運ぼうとしているところだった。

 お湯と茶葉、そして菓子はアップルパイを用意している。


「クリスタ様もソルベティスト様もご一緒にいかがでしょう?」


 こちらから頼む前に、メイザはそう提案してくれた。

 渡りに船とばかりに、私とベティは頷いた。


「ええ。いただくわ」

「わーい。お願いするッス」

「ではこちらへどうぞ。それと。アップルパイの感想もお聞かせ下さい」


 アップルパイはここ最近、メイザが新しく増やした菓子メニューだ。

 見た目も味も既製品と遜色ないのだけれど、メイザ本人はまだ納得がいっていないらしい。

 彼女はこう見えて凝り性なのだ。



 ▼


 エレオノーラ家の庭は王都の貴族と比べると少し狭い。

 数分も歩かないうちに、ルビィのいる東屋へ到着した。


「お姉様、帰っていらしたんですね」

「ええ。ちょっと枯れた心を癒しにね」


 私はルビィの頭を撫でて心の栄養の充足を図る。

 ルビィは頭に「?」を浮かべつつ(かわいい)も、にこりと微笑んでくれた。


「ベティさんもいらっしゃい」

「お邪魔するッス……って、勉強中でしたか?」


 ルビィの前には、様々な資料が広げられていた。

 その中の一つを手に持って眺める。


「『菓子屋手伝い。仕込みから下地、接客まで。給金応相談……』って、仕事するつもりなんスか?」

「私にできることはないかなぁと、いろいろ調べていたんです」


 ルビィは婚約者探しを中止し、いろいろ職業に挑戦しようとしていた。


 ――私は世間知らずすぎました。もっと外の世界を見ないといけません。


 セオドーラとシルバークロイツでの失敗を繰り返さないよう、ルビィなりに考え、努力している。

 婚約者探しはその後にするらしい。

 ルビィの決断に、お父様は反対しなかった。

 もちろん私もだ。


 ルビィが決めたことには全力で応援するつもりだ。


「ほうほう。何でも経験するのはいいことッスね~」


 うんうんと頷きながら、ベティはルビィの隣に座りお茶を飲み始めた。


「どれどれ」


 ベティに倣い、私もルビィが眺めていた資料を手に取る。


(庭師、家畜の飼育、料理、店番……本当にいろいろやろうとしているのね。すごいわルビィ!)


 はじめこそ微笑ましいものが並んでいた『挑戦したい職業リスト』だったけれど――


(ん?)


 ページをめくるたび、それはどんどんと変化していった。

 主に、物騒な方向へ。


(発掘士!? 探検家!? 諜報員!? よ……傭兵!?)


 どれも死と隣り合わせの危険な職業だ。

 ルビィがそんな職業に就いてしまったら、私は心労で死んでしまう自信があった。


「ね、ねえルビィ。これ……全部試すつもりなの?」

「まさか。あくまで候補ですよ。実際にやるのはその中の数個だけです」

「そう……そう、よね」


 絶対に後ろの方を選びませんように、と、私は強く念じた。


 ルビィがもし危険な職業を選んだとしたら。

 その時、私ははきっとまた妹を助けに行くだろう。

 おっかない人にいくら折檻されようと、この信念を曲げるつもりはない。


 それが、姉としての務めなのだから。



 第二章・完

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