第8話「対話」

 本命の可能性のある拠点は二つ。

 そこまで絞れているなら、本命の敵が逃げ出す前に両方制圧すればいい。


「いやいやお姉さん、何を言って――」


 小馬鹿にしたような態度で誤魔化そうとする店主。

 問答をしている時間は無い。


「聖女キック」

「るらぁ!?」


 店主の顎めがけて蹴りを放つ。

 彼の身体は家の中までぶっ飛び、天井に一度頭をぶつけてからポトリと落ちた。

 その拍子に、頭が床にめり込んだ。


「ななな……なんだ!?」

「敵襲か?!」


 驚いた仲間らしき別の男たちが顔を出す。

 突然の事態に、状況を把握し切れていない。

 それもそうかと思いつつ、私は素早く彼らの背後に回り、掌を水平に構えた。


「聖女チョップ」

「はが!?」

「ほわ!」


 並んで立っていた彼らは冗談みたいな速度で壁にめり込んだ。


「拠点一つ目、制圧完了」


もたもたしている暇はない。

私はすぐに次の目標に目を向ける。

壁にめり込んだ男の胸ぐらを掴み、持ち上げる。

 もちろん、助けるつもりで壁から出したんじゃない。


隣の拠点への『弾』だ。


「聖女――なんでもいいや。投げ」


 適当なことを言いながら魔力を込め、男をブン投げる。

男の身体が壁を破壊し、隣の拠点のど真ん中への道を開いてくれた。

 ぽっかりと空いた穴から向こう側を睥睨し、おおよその人数を把握する。


「四……五。こっちよりも多いわね」


 隣が本命のような気がする。

 私は壁を通り抜け、隣の拠点へと乗り込む。


 後は同じだ。

 とりあえず全員の動きを止めて制圧する。


「動きを止めろ! 時間を稼げ!」


 一人の男が指示を出し、他の四人が私に飛びかかってくる。

 指示を出した男だけは、出で立ちもその辺のゴロツキとは違っていた。

 あいつがグレゴリオの言っていた、森の奥にあるという本拠地の人間だろうか。


「どきなさい」

「……!? なんだよこの馬鹿力……!」

「この女、ミノタウロスかよ……!?」


 襲いかかる男を押し退け、ぽいぽいと投げて壁にめり込ませる。


「くそっ!」


 身なりの違う男が、苦し紛れに魔法石を投げつけてきた。

 中身は単なる風の魔法。しかし、石の周辺に極小の針を纏わせてそれを飛ばすことで目潰しができるように改造されていた。

 ウィルマが持っていた物よりも殺傷能力の高い代物だ。


 普通であれば目を潰されていただろうが……。


「効かん」

「は!? な、なんで」

「はい、捕まえた」

「ぐぇ!?」


 男を踏みつけ、制圧は完了した。



 ▼


「あの一瞬で十人近い男を……」


 待機していたジーノに憲兵を呼んでもらい、した男たちが逃げないよう捕縛を手伝ってもらう。

 その間、ジーノはしきりに「信じられない……」を連呼していた。


「本物が分からなくても問題ない、というのはこういうことだったのですね」

「ええ。この規模感の建物に入っている人数なら大して時間はかかりません」


 拠点となっていた場所はどちらも普通の民家に扮していた。

 必然的に、中に居る人間の数は限られる。

 【聖鎧】を纏っていればものの数ではない。


「さてと」


 一通り捕縛し終えた私は、一人だけ身なりの違う男の前で膝を折った。

 彼だけは意識を取り戻し、どうにか逃げようと虎視眈々と狙っている様子が見て取れた。


「あなたたちがしていることは大体分かっているわ。密輸、技術漏洩、税逃れ、その他諸々」

「へ、知らねえなぁ。証拠でもあるのかい?」

「それを調べるためにも本拠地への道を教えて欲しいのだけれど」


け、と、男が唾を吐く。


「何を言ってるか分からねーよ。さっさと縄を解け!」

「……そう。知らないのね」


 私は手近にあったレンガを掴み、それを笑顔のまま握りつぶした。

 気丈に笑っていた男の顔が、さぁ――と青ざめる。


「知らないなら仕方ないわね。あなたを含め、ここにいる全員――このレンガと同じ運命を辿ることになるけれど」

「隣部屋の樽の下に! 外へ通じる秘密の抜け道がある!」




 男が指示した場所を調べると、ほどなくして入口を発見した。

 床に偽装された扉を開くと、ひんやりした空気と共に階段が現れる。


「なるほど。ここを通れば検問を通ることなく外に行けるって訳ね」

「……本拠地は、地下道を抜ければすぐに見える」

「ありがと」


 素直に白状した男に礼を告げ、私は地下への道へ一歩踏み出そうとした。










 ――その瞬間、私は太い槍に首を貫かれて後方へ吹き飛んだ。


「く、クリスタ様ぁ!?」

「くくく……ハーッハッハァ!」


 狼狽するジーノと、高笑いを始める男。


「ざまーみやがれ! 最後に一矢報いてやったぜ! ハーッハ――」

「なるほど。『真っ直ぐ喉元に食らいつく蛇』ってのはこのことだったのね」

「ハーッハッハ…………は?」


 高笑いをしていた男の声が、間抜けな疑問符に変わる。

 槍に吹き飛ばされた私は、そのまま何事もなく起き上がる。


「あービックリした。罠が仕掛けてあったのね」


 扉の裏には特殊な仕掛けが施されており、決まった開け方をしなければ今のように槍が飛び出すようになっていた。

 一番先に入った者の首を貫き、出足を挫くようになっている……と。


「なかなか上手くできてるわね」

「あ……え、あ? なんで」

「私がこんなもので死ぬわけないでしょうが」


 【聖鎧】は極大結界をヒントに私が編み出した技だ。

 普通の武器程度で破れる代物ではない。

 ――とはいえ、首元数ミリの場所に刃物が飛んでくると本能的な反応が起きてしまう。

 故に『ビックリした』というのが素直な感想だ。


「ありえねえ……ば……ばばばば、化物……!」

「失礼ね。聖女よ」


 震える男の胸ぐらを掴み上げ、私は拳をちらつかせた。


「で、他に罠は? 言いたくないなら言わなくてもいいけれど――その場合、あなたの顔をこの拳で別人にしないといけなくなるわ。あなたはそこそこ見てくれのいい顔を失うことになるし、私は体力と魔力と時間を失う。お互い無駄は避けたいわよね? それとも、さっきのレンガみたいにすり潰される方がいいかしら」

「言います……全部、言いますぅ!」


 と、男は道中に仕掛けられた罠や本拠地の人数、警備の配置などもすべて白状してくれた。

 やはり対話による解決は交渉の基本だ。

 暴力は良くない。


「ありがとね」

「ぐぺ」


男を気絶させ、私はぽっかりと口を開く地下の暗闇に目を向けた。


「じゃ、次に行きましょうか」

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