出会い⑨

「ごめんね~、無理言って」

病室のベッドに座るおばさんは、おととい会った時より顔色が良くなっていた。

「全然無理じゃないですよ。退院おめでとうございます」

「ありがとう、夕夏ちゃんが迎えに来てくれるなんて嬉しい」

「もう出るだけですか?」

「うん、全部済ませたから」

ビニールバッグに入った大きな荷物が2つある、これを持って電車で帰るのは大変なはずだ。やっぱり来て良かったと思った。

バッグを1つ持ち病室を出ようとした時、カーテンの開いている向かい側のベッドが綺麗に整えられていることに気がついた。

病室を出ると看護師がいた。

「神田さん退院おめでとうございます」

「お世話になりました」

「娘さん迎えに来てくれて良かったですね」

「このお嬢さんは娘じゃなくって、お店の常連さん」

「失礼しました。中華屋さんって言ってましたよね、お体大切にして頑張ってください」

「ありがとうございます」

看護師は会釈をして病室に入っていった。

「看護師さんって忙しいのね。昨日は向かいのベッドの人が退院していったし、空いたらすぐ別の患者さんが入るから大変よね」「そういえばさっきベッド空いてましたね」

「ずっと動きっぱなし。人の命のために働くってすごい仕事よね」

「そうですね」



1階に降りて外へ出ると、おばさんは大きく息を吸った。

「あー、家に帰れるって有難い!頑張らないと」

「頑張りすぎないでくださいね」

「ふふ、そうね」

「あ」

私は遥人君に頼まれていた事を思い出した。

「病院出るときにメールを入れておいて欲しいって言われてたんでした」

「遥人?」

「はい。メール打つのでちょっと待っててください」

おばさんは首を傾げた。

「おばさんが家に着いたら、真っ先に温かいご飯を食べさせてあげたいからっておじさんが言ってるそうです。それで出るときにメールが欲しいって」

「そうなの?自分で作るのに」

そう言いながらもおばさんは嬉しそうだ。携帯電話を取り出して画面を見た。

「あれ、充電がもう無い」

残り5%の表示が出ている。またやってしまった、充電する時きっと根っこの部分が外れてたんだ。

「あ!!」

おばさんは突然持っていたバッグのファスナーを開けて中を見た。

「充電器、部屋に忘れてきちゃった」

「え」

「朝から会計やらで頭いっぱいだったからコンセントから外し忘れてるみたい」

「私取ってきます、あそこのベンチで待ってて下さい」

「ううん、私が行くからいいわよ」

「大丈夫です。荷物置いていけば身軽ですから。病み上がりの人はゆっくりしないと」

「そう?じゃあお言葉に甘えようかしら」

「はい」



病室に戻るとすでにシーツなどが剥がされていた。周りを見ても充電器はなく、プラグも他になさそうだ。

「どうしました?」

声をかけられて振り向くとさっきの看護師が立っていた。

「充電器忘れたみたいで」

「あー、そしたら事務所見てくるので来てもらえますか」

「ありがとうございます」

病室を出ようとすると、若い男の人が入ってきて看護師に話しかけた。

「すいません、今からこっちに移ってもいいですか?」

「大丈夫ですよ。カットはもう終わりました?」

「はい、床の掃除も済ませました」

「よかった。青谷さんはお部屋ですか?」

「はい、今から連れてきます」

「ベッドに移す時の介助は私がしますから、少しこっちの部屋で待ってて下さい」

「わかりました」

男の人は廊下に出た。青谷って、あの眠ってた人?

「先に充電器見てきますね」

「忙しいのにすみません」

看護師に続いて病室を出た。ナースステーションへ向かって歩きながら柳瀬さんの話を思い出した。数年ぶりに目を覚ましたというその人の事が気になって後ろを見た。さっきの男の人が車椅子を押してこっちに来ている。車椅子に乗っている人・・・

顔がはっきりと見えた時、私の心臓は大きく脈を打った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る