第9話 底なし沼にいる少年と少女
夢を見ていた。
僕が魔女の子と呼ばれる前のことを。
僕は最初から魔女の子とは言われていなかった。
容姿は髪色も違うし、大まかな性格も違う…だけど髪型や性格の根本は同じだと。
色白でその点では同じであるとは噂されていた。
もしかしたら包帯で隠されているだけで瞳の色も同じなのではないか…。
そう噂されていることもあった。
それでもまだ魔女の子と断定されていたわけではなかった。
だけどいきなり村のみんなが魔女の子だと断言するようになり、
僕は両親から捨てられてしまった。
僕が見ていた夢は両親に捨てられる前の日常のことだった。
楽しそうに僕は雪が降る中、遊んでいる。
今は友達と呼ぶことが出来ない友達と遊び、
今は両親と呼べない両親に見守られていた。
あの時は雪が好きだった、今は嫌いだけど…。
なぜ好きなのか、それは雪はその時の僕にとって「最高のおもちゃ」だったから。
永遠に遊べるおもちゃだったから。
だからその頃は冬が来るのを楽しみにしていた。
友達と最高に笑え合える季節が来ることをただただ何も知らない子供のように。
魔女の子と呼ばれ始めて、僕は好きだった冬が嫌いになった。
魔女の子と呼ばれ始めて、僕は色々な人々と親しい関係とは呼べなくなった。
魔女の子と呼ばれ始めて、僕は孤独になった。
だけどそれでも、そんな扱いを受けても魔女を恨もうとしなかった。
魔女の子と呼ばれる原因は、この地に魔女がいることが原因なのに。
それなのにどうして僕は魔女を恨もうともしない…。
…どうしてなんだろうね、僕はそこまでお人好しというか…。
…誰かを恨みたくないほどのバカなのかな。
恨みは何にもならないとは分かっているけど、それでも。
人がこのシチュエーションで必ず持つ感情を持っていないって分かるだけで…
僕は普通ではないと思ってしまう。
普通抱くはずの感情…僕の場合は恨み、憎しみ…それも魔女に対する。
それなのにコハクと出会って会話しても何も湧かなかった。
長時間会話しても何も湧くことはなかった。
なんでだろうね…そう考えて始めて僕は一つの結論に達した。
コハクは僕が勤勉だと言った、何かを知るために行動できるから勤勉だと。
だけど本当は違うんじゃないかと思い始めた。
僕はコハクと同じ…怠惰だったんじゃないかと…。
だってそうじゃないか、魔女の子と呼ばれ始めても…
僕は何をしていた?何もしていないじゃないか。
今はこうして行動しているのも怠惰なんじゃないかと思い始めた。
だって、魔女の子じゃないって証明されたのだから…それを主張したいのなら、
あの時、さっさと村に戻ってみんなに言えばいいのに…
僕はそれをしなかった、信じてくれないからと言い訳をして。
僕は何か大きな行動をすることを嫌った、大きく変わる事を嫌った。
魔女のことを知ろうとしているのはなぜ?
村の歴史について知ろうとしているのはなぜ?
彼女のことを知ろうとしているのなぜ?
彼女と同じ境遇を体験しているのはなぜ?
この疑問に僕は本当の理由を提示することができない。
何のために?僕のためでもなければ彼女のためでもない。
村の人のためでもないし、世界のためでもない。
それなら?なんで知ろうとしているのか。
「ただの好奇心」というのが理由…だけど本当はそうではないと思う。
ただ怖かっただけ、村の人に信じてもらえず僕の人生が変わらないこと。
それか信じてもらえるけど…僕の人生が変わり、彼女の人生が変わること。
彼女がどうなってしまうか分からない。
もしかしたら彼女がいつか村を滅ぼすかもしれない…だから…
近い未来、新たな処刑方法が確立して彼女が殺されるかもしれない。
僕が魔女の子じゃなくなってしまったから、彼女は一人で…
一人でこの世を旅立つことになる。
長い年月、彼女はあの遺跡の中に閉じ込められていた。
外の世界なんて知らないんだろう…。
生きた時代さえ孤独、死んだ瞬間さえも孤独…天涯孤独の人生を送った…。
彼女の人生の価値はほぼ無になってしまう。
だから、僕は怠惰でいたのだろうか、誰かのため?それとも僕のため?
どちらか僕は分からない…。
未だに真っ暗な空間で僕はただ何かを考えているだけ。
「何か」ではない、内容は「僕自身」のことをただただ考えていた。
死んだ世界なのか、それとも現実世界の僕が起きていないだけなのか。
…まるで底なし沼だった。
底なし沼の底は深海と同じように真っ暗で底がない。
だけど深海のように…地はない。
ただただ落ち続けるだけ…そして登れなくなる。
外の光を感じる事ができなくなる。
僕もきっと落ち続けているんだろう。
まだ辛うじて光が見えるのかもしれないけど…。
僕が長い時間真っ暗な底なし沼で考え事をしていると…
目の前にかすかな光が見えた。
まだ生きているし、まだ全部真っ暗になっているわけじゃない。
登れないほど落ちていない…だからまだ登れる。
地上へ…現実世界に戻るために…。
僕は真っ暗であんまり見えないけど…僕の腕を光に向かって伸ばす。
底なし沼を脱出するためにも…僕は登る。
「はっ!?」
目が覚めると見覚えのある場所にいた。彼女がいた遺跡だった。遺跡の外にいたはずなのにいつの間にか遺跡の中にいる…。僕は外で倒れていたはずだから誰かが僕を抱えて…遺跡の中に連れてきたのかな。…遺跡の中に連れて行く辺り…僕を抱えてくれたのは…彼女だ。恐らく…。
そして僕が目覚めて間もない時に気づいたことがある。
…僕の右目が真っ暗であること。
僕の右目は…何も映さなくなっていた。
そして僕は悟った、もう一つのことを…。
僕の半身は底なし沼に完全に浸かってしまっていると…。
そして半身は決して光の元へ登る事が出来なくなったという事実を。
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