いつもの稽古/寒い時には*亡国の軍将
【いつもの稽古】
「……何だ」
クオンはじっとこちらを見てくるラシードに訊いた。
「いやぁさぁ、よくそんなに稽古ばかりしてあきないなぁっと思って」
退屈そうに頬杖をついたラシードはあきれたように答えた。
それに対してクオンは平然とした態度で再び剣を振り始める。
「一国の軍将が稽古をしなくてどうする」
きっぱりと言い捨てられた言葉にラシードは、そうだけどさ、と口を尖らした。
「俺の相手はしてくんないの?」
「受けてたつが?」
クオンは動きを止めて、ラシードをちらりと見た。
その見透かすことのできない漆黒の瞳は爛々と敵を見据える兵の瞳だ。
ラシードは、わかってないな、と眉間をよせてぼやいたが、クオンは気にせずラシードに剣先を向けた。
「……クオン、お前意味わかってんの?」
ラシードは剣先をつまらなそうに睨み付けて、視線をクオンに移した。
「勝負だろう?」
クオンが訝しげに言うとラシードは盛大なため息をついた。不思議そうな顔をするクオンのほんのりと上気した頬に手を伸ばす。
その肌はしっとりとしていてきめ細かい。日々、外に出て駆け回っているとは思えないような肌だ。
クオンは当然身を引くが、ラシードは繋ぎ止めるように彼女の漆黒の髪の一房を捕った。
「女として男の俺を喜ばしてほしいんだけど」
ラシードは求めるような微笑みを作る。
クオンは目を見開いて、ラシードの青銀の瞳を見返す。
しばらくして、クオンは意識を取り戻したらしく、彼女のむき出しの白い肩は震えていた。
「ふざけるのも大概にしろっ!」
その日もまた懲りもせずに威勢の良い音が響く。
【寒い時には】
「さ……」
「さ?」
クオンはラシードの唐突な訪問と呟きに訝しげに眉を寄せた。
「寒いっ!」
ラシードは怒鳴り声のように叫び、クオンに抱きついた。
「ら、ラシードっ! 何をしているんだっ?!」
クオンは暴れるがラシードが彼女の腕ごと抱きついているので、あまり効果はない。
ラシードはクオンの肩に顎をのせ、気持ち良さそうに目をつむった。
「クオンは温かいなぁ……つーより、やわらかい?」
「何を言っているんだっ?!」
「ほら、胸なんか特に――」
クオンはラシードが言い終わる前にラシードの足を凪ぎ払い、同時に自由になった両手でラシードの胸ぐらを掴んだ。
「私の何が、どうしたって?」
光が見えない瞳にラシードはヒクリと口端を引きつらせた。
「何でもないデス」
「お前、さっきどさくさに紛れて私の……触っただろう?」
「……アハハハ」
ラシードは乾いた笑いを浮かべる。
クオンは口端を上げた。だが目は笑っていない。
「お前なんか凍え死んでしまえっ!」
ラシードは熱を帯びた頬を撫でつつ床についた。
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