8.消したいもの

 それからしばらくの間、あまり他人に会いたくなくて、朝早くに起きてからずっと図書室にいた。薄暗く埃臭かったけど、なんでか不思議と居心地は悪くなかった。むしろ、もうここで寝泊まりしてやろうかとも思った。

 暇つぶしに置いてある資料や本は一通り読んだ。中には、私たちがまだ〝艦船ふね〟だった頃の戦歴や改造計画なんかの秘匿資料も紛れていて、少し懐かしい気分にもなった。けれど読めば読むほど、ある考えが頭に浮かんでいた。


――心なんてなかったら、こんなに苦しまないんじゃ?


 あの頃、確かに建造に携わった人たちや乗組員さん達、色んな人たちが関わって〝私たち〟が動いていた、っていう事実は読み込むほどに痛感したし、ありがたくもあった。けど、そんな人たちの指示で動いていたわけで、私自身の意思でどうこう、っていう事ではなかったからこそ戦えていた。

 それが今や、そんな私たち自身が色々考えて動かなきゃいけない。昔より動きやすくなった反面、何かを決める事に妨げになるものも増えた。――梅さんの時みたいに。

 船魂娘ふなだまむすめ発生まれてからの記録も色々目を通したけど、いくら逃げる事が許される時代になったとはいえ、そのおかげで戦績はあまり良いものではなかった。

 特に撤退理由として多いのが、中破程度の損傷や予期しない別艦隊の襲撃で、少し下がって体制を整えてからでも良いはずなのに、ほぼ現地の船魂娘からの要請によるものだった。国を守り海を護る者としてどうなんだろう、と私は思ってしまったのだ。その考え方はもう古いのかもしれないけど。

 誰かに言えば非難されるのは目に見えていたから誰にも言えなかった。けど、明くる日明くる日、埃っぽいカーテンの隙間から和気あいあいと駆けていく姿を見送る度、そんな思いは強くなっていった。


 それからまた数日経って、指揮官室に呼び出された。

「明石から報告は受けている。単刀直入に聞こう。汐風、お前はこれからどうするつもりだ?」

 ああ、その話か。それならもう、決めていた。

「船魂娘を辞すつもりです」

「……そうか」

 戦えない自分に価値は見出せなかった。解体されるならそれで良いし、捕まるならそれでも仕方ないと思った。

「誰かに相談はしたのか」

「いえ、私の一存です」

「……峯風たちが悲しむぞ」

「まさか。こんな出来損ないが居なくなるんですから、むしろ清々するんじゃないんですか」

 自嘲する。

「そう言うな。この鎮守府においても、君の功績は非常に大きいものだった。誠に残念だ」

「……ありがとうございます」

 申し訳ありません、って言うか少し迷った。けど、ここは素直に受け取っておく。

「それで今後なのだが、この鎮守府にそのまま関係者として残るか、それとも他所で過ごすか……どちらがいい?」

――え。

「……解体、されないんですか?」

 お役目御免だから、てっきり解体されるものだと思ってたんだけど。

「先ほども言った通り、君の功績は大本営からも評価されている。今のところはそのような予定はない」

――……。

「どうしたい?」

「……少し、考える時間を下さい」

「分かった」

 一週間以内に返事をくれ、と言われて頷いて指揮官室を出る。

「何を……言ってるの。汐風姉」

 野風が目の前に立っていた。

「何を……って?」

 笑ってみる。

「聞いてないんだけど。汐風姉が船魂娘を辞めるって」

「あぁ。…………うん言ってなかったから」

「ふざけないでっっっっ!! 何勝手に決めてんのよ!! 馬鹿ねぇが!!」

 軽い音が響いた。頬がじんじんと痛む。

「勝手にしたらッ!! 矢風姉も汐風姉も皆自分勝手なんだから……ッ! どうして、どうしてなのよ――ッ!!!!」

 ただ野風の叫びを聞いてるしかなかった。何も言い返せない。

「…………ごめんね」

「……ッ!!」

 睨まれた。その目にはもう、私は〝姉〟として映ってなかった。

 そんな矢風の横を通り過ぎる。これでいい。私は一生皆から嫌われればいい。

 その夜、私は図書室で時間を潰した。もうあの部屋に、私の居場所はないと思ったから。


+ + +


 翌日、よく眠れなかった頭のまま、指揮官室の扉を叩いた。

「決まったのか」

「はい。…………他所で、最期を迎えたいと思います」

「……そうか」

 昨日のことがあったからか、指揮官は多くは聞かなかった。机の中から茶封筒を取り出して手渡されて中を確認すると、お金や切符、その他色々が入っていた。

「その中にお前が過ごす場所の住所も入っている。好きなときに移動するがいい」

「分かりました」

 一礼して、部屋を出ようと歩く。ふと、「あの」と指揮官に聞く。

「感情――いや、〝心〟を消す薬、ってありませんか」

「〝心〟を消す薬? なぜだ」

「もう、色々と悩む生活には疲れてしまって。もしそういうのがあったら、頂きたくて」

「……大本営に聞いてみよう」

「お願いします。今まで、ありがとうございました。失礼します」

 今度こそ、部屋を出た。もうそのまま発とうと思ったけど、ふと峯風型の部屋に足が向いた。そっと扉を開けて中を見ると誰もいなかった。これで心置きなくいなくなれる。これで、やっと楽になれる――。


+ + +


 汐風が去った指揮官室で、彼は笑った。


「〝心〟を消す薬、か。なかなか面白い事を考えるな、汐風は」





[Errorlog 01:私たちには必要が無いもの 完]

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夕碧センチメンタル @seikagezora

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