7.轍を踏まない為に
医務室を出る直前、明石は言った。
『過去を見る、という症状が一番分かりやすいところなんです。〝その時〟と〝
確かに、それならちょっと納得できる。だって、実際にそうだったから。
だけど、受け止められるかっていうとまた別だった。突然「どうするか選べ」と言われたって選びようがない。確かに梅さんを守り切れなかったけど、別にもう終わった話だって割り切れば良いだけなんだから。
医療棟から外に出る。あんなに今朝は青空が広がっていたのに、いつの間にかどんよりとした雲に覆われていた。心なしか、雨のにおいもする。明日は降るのかな。
このまま部屋に帰りたくなくて、吹き付ける海風に震えながら、裏手の茂みのドラム缶の所にまたやってきた。やっぱりここが一番落ち着く。
座り込んで、ぼーっと空を見上げる。これから私はどうしたいんだろう。
船魂娘として生きてもう三、四年ぐらい経つ。だいぶ今の体での戦い方にも慣れてきて、戦果も上げられるようになったっていうのに、結局同じことを繰り返しているんならどうしようもない。明石の言っていた「同じ轍を踏む」っていうのは、たぶんこういう事を言ってるんだろう。
「汐風」
なんか懐かしい声がして、その方を見て驚いた。
「澤風姉……来てたの?!」
「まあね。邪魔、しちゃったかな?」
そう気にしてくれる澤風姉に「そんなことない」と首を振る。
澤風姉は峯風型駆逐艦の二番艦で、一番優しいお姉ちゃんだった。いつもは新横須賀鎮守府にいて、関東より北の任務に当たっていたはずだけど。
「ここの提督さんから応援要請があってね。ちょうど遠征で近くにいたから、ついでにちょっとね」
すぐ帰るけど、って笑った。その笑顔を見て、なんか、色々と溜め込んでいたものが一気に溢れ出してしまった。
きっと同じ艦隊の人も待たせていただろうに、澤風姉は急かすこともなく話を聞いてくれた。そして「良い? 汐風」と抱きしめてくれた。
「今はもう〝あの頃〟じゃない。だから、あなたが逃げたいと思うなら逃げても良いのよ」
「でも、それじゃあ矢風姉と同じ……」
「良いのよ。それに、矢風は――」
澤風姉が言いかけた時、「澤さーん!! そろそろ帰りますよーー!!」って奥で同じ艦隊の人が手を振っていた。「分かったわ、今行きます!!」って言って、私から離れた。
「とにかく、これからどうしたいかは、汐風、あなたが決めて良いの。あなたが生きやすくなる決断が一番よ。今の時代はね」
それじゃあね、と澤風姉は笑って、待っている人の元へ駆けて行った。「澤風姉、ありがとう」とその背中に叫ぶ。一瞬止まって、手を振ってくれた。
――生きやすくなる決断、か……。
一人残って、ぼーっと空を見ながら考えてみる。けど、これと言って何も思いつかない。ただ、ここにはいたくない。
きっとあの野風のことだ、口ではいつも煽ってくるけど、なんだかんだ一番心配してくれているのも知っているから、今頃凹んでるんだろうな。それに、澤風姉こそ鎮守府が違うからまだしも、他の皆も今の私の状況は聞いてるだろうし、なおさら。
このまま無理に残って戦ってたって、他人に迷惑かけるだけだしな。だったら、いっそのこと矢風姉みたいに、逃げ出したって良いのかもしれない。
なんとなく腹の内が決まって立ち上がる。とりあえず誰がいるにせよ、部屋に戻ろう。そう思えた。
戻る道中でふと、澤風姉が矢風姉のことで何か言いかけてたよな、って思い出した。けど、もう聞く手段はない。今時、携帯電話なるものがあるらしいけど、機密保持のために持たされてないし。
どうせどう転ぶも、もう不必要な存在なのだ。知ったところでどうしようもない。嘲笑って、寮館の扉に手をかけた。
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