6.狭間に堕つ者

「そうか」

 指揮官室、制帽で顔が隠れた指揮官が報告書に目を通しながら言う。

「はい、申し訳ございませんでした」

 深々頭を下げると、「気にするな」と立ち上がった。

侵略者インベーダーの攻撃が強まる今、少数艦隊で被害を最小に抑えられたのは幸運だった。今しがた、後発艦隊からも民間船の護衛が完了した、との報告も入ってきている。民間への被害を食い止められた事は誇るべき事だ」

「ありがとうございます」

 もう一度頭を下げると、「下がって良し」と言われた。失礼します、と背を向けると「汐風」と呼び止められた。

「何でしょうか?」

「梅のことは残念だった。だが、犠牲はいつだってついて回る。その全てに病んでいるようでは世話ないぞ」

 そんなことは分かってる。そう心の中で毒づきながらも、「心得ておきます」と言い残して部屋を出た。

「終わったか」

出てすぐ、壁に背を預けていた出雲さんが声をかけてきた。

「出雲さん、どうしたんですか?」

 するとすぐ、「すまなかった」と深々頭を下げられた。

「何がですか?」

「同じ船魂娘として、酷なことをさせたからな。止めたには止めたんだが……」

「あぁ。気にしないで下さい」

 思っていた反応と違ったからか、「え?」と言いたそうに顔を上げた。そんな出雲さんに笑う

「ああなった以上、仕方ないですから。たとえ、〝あの頃〟と同じになったとしても」

「汐風……」

 まだ何か言いたそうにしている出雲さんに、「明石に呼ばれてるので。失礼します」と後にする。

 帰投してすぐに受けたボディチェックで、「報告が終わったら来て下さい」と言われていた。何か言ったわけではなかったけど、なんとなく想像は出来ていた。

「あっ、汐風、姉……」

 廊下を走って迎えに来てくれたのであろう野風が言葉を詰まらせた。

「どうしたの?」

「……ううん、別に。おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 笑って、その横を通り抜ける。いつも追いかけてくるくせに、今日は追いかけてこなかった。

 そのままずっと歩き続けて、医療棟に入る。床のきしむ音を聞き流しながら、医務室の扉を叩く。

「汐風です」

「どうぞ」

 促されるまま、明石の前に座る。「よっぽど心に来てるみたいですね」と開口一番に言われた。

「……そう、見えますか?」

「分かりますよ。そんなやつれた顔してたらね」

 そっか。そんな顔してるんだ、私。だから野風も追いかけてこなかったのかな。そう思ったら、なんか笑えてきた。なんか怖いものもなくなってきて、「それで、明石さん。何かあったんですか?」って聞く。すると、明石さんに「何か変わったことはありませんでしたか?」と聞き返された。

「変わったこと、ですか?」

「えぇ。例えば、、とか」

「……」

 ある。侵略者インベーダーの艦載機が見えた時や、梅さんに主砲を向けた時。説明しにくいけど、確かにあの時は自分が艦船ふねだと思った。

「あったみたいですね」

「はい。でもそれが何か?」

 すると、積み重なった紙束の一番上から一枚取り出して、「これを」と手渡された。いつも健康診断が終わった時に貰う、何の変哲のなさそうな診断書だった。読み進めていくと、一項目だけ馬鹿にならないほど基準値を超えているのがあった。

「結論から言います。

「え」

 明石は何を言ってるんだろう。そもそも、船魂娘ふなだまむすめ侵略者インベーダーになるって話は聞いたことがない。

「正確には、その狭間にいます。これ以上負の感情を抱えると、じきにそうなってしまうと思われます」

「ちょっと待ってください。どういうことですか?」

 すると明石は、「これはあくまで通説で、ここだけの話ですが」と前置きをして、信じられないような話をしてきた。曰く、、と。

「私たちは大体、への想いを抱いて発生まれてきている、と言われています。その抱えている想いは皆それぞれで、〝船魂娘ふなだまむすめ〟と呼ばれている私たちは、少なからず何かしらの希望を持って、こうして過ごしています」

 「ですが」と明石は続ける。

「反対に、そうでない艦船ふねもいるでしょう。戦っていたこと自体を否定していたり、自身の存在を恨んでいたり――そういう負の感情を抱え続けていた艦船ふねは、船魂娘になれず、侵略者インベーダーになっていると言われています」

「それじゃあなんですか、私が負の感情を抱えすぎているとでも言うんですか!?」

 つい声を荒げて言ってしまった。「まさにそういうところです」と明石に言われる。

「私たちもヒトに近い存在として、喧嘩もすれば、落ち込むこともある。でも、大抵そういうものでは、今出ている数値には到底ならないんです」

 「それじゃあなぜ――」と口を開く私に、「喪失感や虚無感です」と被せられた。

「誰かを守れなかったこと、意図せず轍を踏んでしまったこと。それで支えてくれる誰かが居てくれればまだ良いのですが、汐風さん、そんな方はいましたか?」

「……」

 振り返ったら誰もいなかった。確かに鳳翔さんや夕風は話を聞いてくれたけど、吐き出せるような人は今までいなかった。そんな私に、「別に責めるつもりはないんです」と優しく笑った。

「むしろ、こんなご時世で一人で抱えて飲みこんで戦って、生き延びてきた汐風さんはきっと強い艦船ふねなんだろう、と私は思っています。ただ、誰しも限界はあります。その限界が近いっていうのが、今の状態です」

「……それじゃあ、私はもうダメだってことですか?」

「はい。今のままでは」

 あんなことを言う割に、その答えはあっさりしていた。じゃあもう、どうしようもないじゃない。

「あなたに残された選択肢は二つ。そのリスクを背負って戦い続けるのか、それとも退任するのか。それを決めるのはあなた次第です」

「……もし、退任する、って言ったらどうなるんですか?」

 すると明石は「今はあの頃とは違います」と笑った。

「解体されることはありませんし、汐風さんが望むのなら、ここに残ることも、どこか離れた地で過ごすことも出来ます。それが今の船魂娘ふなだまむすめに認められている権利なのですから」







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