5.リピートラジディ
「しっかしー、今日は天気が良いっすねえ」
横を走る梅さんが笑う。
「そうですねー。海の上だから風も気持ちいいし」
一緒に同行することになった楓も、うんうんと頷く。二人きりじゃなくて、少し安心した。
「二人とも、集中して」
「おっと、すみません」
相変わらず人懐こい笑顔で謝ってくる。
「でも、今日は波も穏やかですし、こんな晴れて見通しも良いから、汐風さんもそんな気を張ってたら、帰ってくるまで持ちませんよ?」
「……一瞬の緩みが命取りよ」
「はあい」
窘めて前を向く。何としてでも何事もなく新横須賀鎮守府まで辿り着かなきゃならない。
今日の動きとしては、まず話にあった護衛する民間船とは反対の土肥で合流する。そのあと、東海鎮守府のある清水まで護衛する、っていう日帰りの護衛任務だった。
でも、こうして安心できない理由としては、この駿河湾近海でまた
掃討作戦自体は特に損害なく終わったけど、残党がいる可能性は捨てきれない。私も作戦に参加していたけど、明らかに今までの
「おっ、民間の飛行機っすかね」
そんな梅さんの声でハッと我に返る。
「またあ、梅さん昔沈んだ時も同じような事言ってたそうじゃないですかぁ」
「あん時はたまたま見間違えただけっすよ。同じことを何度も――」
梅さんが手を振った瞬間だった。バッと、色も無く、目の前があの風景に変わった。
――まずい……っ!!
「梅、楓ッ!! 臨戦体制!!」
「「え」」
二人よりも早く対空砲を構える。空を飛んでいた黒い飛行体が、一目散にこちらに目掛けて高度を落としてきた。見間違いなんかじゃない、これは――っ!!
「楓っ!! 索敵してっ!!」
「へ?! は、はいっ!!」
迫ってくる飛行体に射撃する。航空魚雷を落とすのを諦めて、一度旋回して離れて行った。
「っ、二時の方向三百メートル先に
「了解――っ!! 梅、司令部に通達、急いで!!」
「了解っす!!」
無線で連絡する梅さんを横目に、旋回していった飛行体を睨む。民間の航空機じゃ見ない、気味の悪い黒い機体に、赤や青のラインが昼間でも分かるぐらい光っていた。間違いない、侵略者の艦載機だ。
『汐風、聞こえるか?』
出雲から無線が入る。
「はい、聞こえます!」
『無理に交戦するなッ! 安全を第一に、一度引き返してこいッ!!』
「了解――」
「梅さんッ!!」
楓さんの声で顔を上げる。さっきの艦載機が、また航空魚雷を落とそうと接近してきていた。しかも、二機も。
「させない――ッ!!」
すぐまた構えて撃つ。けど、怯むことなく近付いてくる。楓さんも梅さんも張ってくれてるけど、間に合わない。
艦載機から航空魚雷が落ちてくる。向かう先は――。
「梅ッ!!!!」
まずい。まずいまずいまずい……ッ!!死に物狂いで前に出る。
「汐風さんッ?!」
あの時のように、梅さんが沈むくらいなら私が……ッ!!
また色が無くなる。目眩が襲う。それでも、なんとか梅さんに被せ――。
水柱が寸でのところで立った。衝撃で立った高波に煽られてバランスを崩す。
「っ……!」
水面を転がる。着けている艤装のおかげで、転がったとて沈むことはないけれど。
「梅さんッ!!」
すぐ立ち上がって梅さんの元へ駆け寄る。黒煙を払い除けて――艤装がボロボロになった梅さんが、「あはは」と力なく笑う。
「また……やっちまいましたね……」
そう言う梅さんに色々と言いたかったけど、全部押し込んで「諦めないで」と肩を貸す。
「楓、大丈夫?」
「はい……!」
「じゃあ、後方援護をお願い――撤退ッ!!」
あんなにずっと見張っていたのに。無線一本返すのにいっぱいでまさか気付かなかったなんて。
「ッ! 汐風さん、また来ますッ!!」
「くっ……!」
なんとか旋回して撃ち込む。それでも奴らは迫ってくる。
次こそは、と一歩前に踏み出した時だった。梅さんがふっ、と離れて行った。
「え」
それに気を取られて、機銃の雨に遭う。
――ぐっ……!!
左上に着けていた装甲のお陰で致命傷にならずに済んだけど、靴の中に仕込んだ浮力装置の片方が壊れてしまっていた。けど、そんなことはどうでもいい。
「梅さんッ?!」
水面に崩れ落ちていた梅さんは、艤装どころかもう至る所から血を流していた「汐風さん」と力なく笑う。
「あっしの事はもう置いて行ってください。このままじゃ、足手纏いになってしまいますから」
「そんな事ない……!! 梅さんは、私が、必ず――!!」
遠くからまた艦載機が近づいて来ている音がする。楓さんが一人、弾幕を張ってくれているようだった。
「汐風さん」
「っ……、待ってて」
立ち上がって、振り返る。
「いい加減、諦めて――ッ!!」
撃った弾が、楓に向いていた一機に直撃して、海の藻屑と化した。あと、一機。
梅さんにとどめを刺そうと向かってくる。死なば諸共、立ち塞がって引きつける。
チャンスは一瞬。魚雷を落とすそのタイミングを見計らう。格納庫が開く。撃ち込んで――抱えていた魚雷に命中して、爆散した。
「楓さん、被害状況は?」
近寄ってきた楓さんに聞く。
「私は大したことありません。汐風さんは?」
「大丈夫……だけど」
振り返る。「へへ」と笑う梅さん。
「帰ろう、梅さん」
そう、手を差し伸べた時だった。
『汐風』
出雲じゃない、男の声がした。
「はい」
『まもなく、援護艦隊が到着する。残っている侵略者の始末はそちらで行う』
「ありがとうございます」
東海鎮守府の
『被害状況は?』
「汐風、楓は小破、梅は――」
梅さんを見る。どう見ても大破、いや、それ以上かもしれない。けど、ここで本当のことを言わなければ、まだ救えるかもしれない。
「梅は間も無く、沈没します」
「は……?」
にへら、と笑う梅さん。楓さんも「梅さん?!」と声を上げた。
「何を言ってるの梅さん、今ならまだ――」
『そうか』
司令官の声が重なる。『汐風』という声に頭痛がする。
『デハ、こノ場をモッて、駆チく艦〝梅〟を「処分」とスる』
「ッ……!!」
いつもの声が、変な感じだった。「汐風さん……?」と楓さんが心配してくれる。
「……」
『どうした』
「…………いえ、なんでもありません」
頭を振る。そうか。やっぱり、そうなるんだ。
『撃て』
梅さんに向き直る。
「すいません汐風、さん。二度も気ぃ、使わせちまって」
「……、本当よ」
主砲を向ける。指揮官の命令は、絶対だ。そして、都合よく、こういう時にしか出てこない。
「ごめんなさい、梅さん」
白黒の世界。いつかの風景が広がっていた。
〝駆逐艦 梅〟は、私の一撃で、沈んでいった。
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