彼女の秘密は終わりを迎える。3

 翌日の朝、学校に行く亞名を見送り、その後自分も出かける準備をした。あの病院に行くためだ。いつメルが現れるかわからないが、きっと定期的にあの病室を訪れているのだろう。昨日来たばかりで今日来るかどうかは確信は持てないが、時間はあるし待ち伏せすれば彼女も言い訳はできない。とりあえずオレはちゃんと本人から事情を、そして現状を聞きたいだけだ。

道はわかっていたからさほど迷わず病院に着き、4階駿河夢依の病室の前で待つ。駿河夢依の病室は定期的に看護師が出入りしていた。その度に看護師は声をかけているがまるで反応はない。この光景は10年間変わらずにあることなんだろう。本人はここに来て何を思っているんだろうか。オレですらなんともいえない心のざわつきがあるというのに。

待つこと数時間。15時くらいだろうか、一人看護師ではない人が病室に近づいてくる。

(あれは、駿河夢依の母親?)

昨日もこのくらいの時間だったか。毎日この時間に来ているのかと思うと看護師が言っていた大変という言葉も頷ける。


 母親が病室に入っていった直後を見計らうようにもう一人人影が見えた。

「あ…………」

オレは思わず声を漏らす。

「なっ…………」

相手はとても驚いているようだった。というか動揺してそのままダッシュで逃亡しようとした。

「あっおいちょっとまっ」

オレは急いで追いかける。廊下をそのまま一直線に走っていて、幸い足の速さならオレの方がまだ速かった。手を伸ばし相手の腕を掴む。

「やっ離してよっっ」

掴まられた腕をブンブン振り回される。

「ちょっ離したら逃げるだろ」

オレも離さないよう必死になる。

「逃げ……るよ! 当たり前でしょ!」

「オレはただっ話がしたくて……」

「アタシはっ、話なんてっ」

逆の手で顔を殴られそうになった。寸前で避ける。

「あぶなっ、だから聞──」

「きゃっ」

「おわっ」

思いっきり殴る勢いで来ていたのかバランスを崩しそのまま倒れ込みそうになっていた。オレは掴んだ腕を離さずにそのまま持ち上げようとしたが失敗し、相手の倒れる勢いに負け後ろ向きに倒れる。

ダンッと二つ、鈍い音が静かな廊下に響き渡った。

「ガッ、ってぇーーー」

オレは後頭部を硬い床に打ちつけ痛みに悶ていた。隣には同じようにしておでこを床にぶつけたのか、うずくまってふるふると震えているメルがいた。

「なぁ、メル」

「……なんですか」

「オレは別に何も知らないよ。わからないよ。だから別にどうしようとかそういうのもなんもないよ」

「………………」

「説明、したくないならしなくてもいいけど。オレは気になったからメルにちゃんと直接聞こうとして待っていただけだ」

「…………直接」

「オレが知った経緯もちゃんと説明する。だから」

「いいよ、別に現状を話すくらい」

「……いいのか?」

「もうここまで来ていて勝手に、中途半端に解釈されても困るし」

「そうか、ありが──」

「別にお礼を言われることじゃない、アタシは自分のために言うだけ」

「そっか……」

「でもここじゃ場所があれだから、せめて外にして」

「あぁわかった、立てるか?」

オレは先に立ち上がり手を差し伸べる。

「自分で立てるよ」

メルはすくっと立ち上がり、両手でパンパンと洋服の前側を払う。

「ほらいくよ」

「あぁ」

腹をくくったのかもういつもの上司モードになっていたが、オレはさっきの少し涙目で暴れていたメルのことを思い浮かべた。

(あれが、素のメル。いや駿河夢依、だったんだろうか……?)

彼女の秘密はこれからちゃんと話される。それは大方予想通りかもしれないが、そのあとのことはまだ何も考えていなかった。

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