花が咲き開いたかは本人のみ知る。3
しばらくアパートの廊下で待っていると、時折植原さんの笑い声が聞こえてきた。
(何話してるんだ……? というかあの亞名と話して大笑いすることなんかあるか?)
と余計に話の内容が気になってしまった。
カチャっと音がして振り向くと、植原さんがドアを開けながら
「はー、ごめんね、待たせちゃって。もう入ってきていいよ」
と、笑い涙なのか涙目になりながらそう言った。
部屋に戻ると亞名は別になんの変わりもなくいつも通り真顔でいる。
「何話してたんですか?」
「え? ふふふナイショ」
亞名の方を見ても首を傾げるだけで答えなかった。
「よし、と。これでもういいかなー」
植原さんは呟く。その言葉でオレは仕事に来たんだと思い出す。
「亡くし屋さん、お願いしていいかな?」
「……はい」
「………………」
「じゃあ──」
「やっぱり! どうしても、なんですか?」
勝手に口から出てしまった。今回はオレが話せる相手、しかもさっきまであんなに楽しそうに笑ってた人だったから。
「うん、どうしても」
植原さんは微笑みながら言う。
「っ…………」
「言ったでしょ。綺麗なお花になるんだって」
「それは……」
「カズト君も、なれるって信じてくれると嬉しいなぁ」
そんな無邪気に夢を語られて、なにも言えることはなかった。
「………………」
「じゃあ、亞名ちゃんよろしくね」
「はい」
亞名は亡くすため、願いを叶えるため、両手を重ねる。
バタンッとその場に倒れ込む植原さん。その表情は本当に寝てるだけのように見える。そしてその場一面は花畑のような空間になった。
若々しい緑色と、色とりどりの花が沢山咲いている花畑の中で立ちつくしているオレの前に植原さんはいた。
「知り合いになってごめんね。でも私は君達と知り合えてよかったって思ってるよ。君は?」
「オレも、よかったって思ってます」
「じゃあそれでいいのよ。その事実だけで」
「前に、オレに死ぬことが悪いかどうか聞きましたよね?」
「うん、聞いたね」
「オレは、正直まだよくわからないです」
決まってはいない答えを、正直に答える。
「いいんじゃないかな」
「え」
「わからないって答えが出せるのはいいんじゃない? 答えが全く出ないよりさ」
「……………」
「だって考えた結果の答えでしょう? その場でなんとなくで答えるんじゃなくて、ちゃんと考えた結果なんだから」
まるでオレが亞名に答えた時の状況を知っているみたいだった。
「少なくとも亞名ちゃんには、そうちゃんと伝えなよ。考えてもわからなかったって」
「でもそれは……」
「それが、あの子にとっても良い事になると私は思うよ。私なんかよりもっと考えてる子だから」
「亞名が……」
「そして、私のことを思い出すなら楽しい感じでね。未練ないはずなのにそっちの感情に引っ張られたくはないから」
「……わかりました。植原さんも、夢、叶えてください!」
「あははそれはどうかな」
「どうかなって……」
「だって君は死んで死神になってるし、まぁでも叶うといいな」
「はい」
「じゃああとはよろしくね、死神さん」
「はい」
オレは植原さんに向けて鎌を振り下ろす。そして彼女の姿はいくつもの光となって消えた。
ハッと気がつくと植原さんの部屋に戻ってきていた。
「おかえり、かずと」
「あぁ」
「帰る?」
「おう」
二人で裏庭まで戻ってくると、空は丸い月が周辺を明るく照らしていた。
「なぁ、何話したんだ? 植原さんと」
「ナイショ」
「……真似するなら真顔で言わないでくれ」
ひとつ、息を吸い込む。
「なぁ、亞名」
「?」
亞名は振り返って首を傾げる。
「死ぬことが悪いことかなんて、考えてもやっぱりオレにはわからない」
「そう」
「だけど、人によっては死ぬことで夢をみたり救われることもあるとは思う」
「それは悪いかどうかじゃないだろ?」
「……うん」
「良いこと、とも言いにくいけど、それが悪いことでもないのはよくわかったよ」
「……お花」
「え?」
「お花、わたし達にはわからないけど。咲くといいね」
「あぁそうだな、そう思うしかないしな」
いつか、きっと何処かオレ達の知らないところで、通り行く人々が見惚れるようなとても綺麗な花が咲きますように。オレ達はそう月夜に願った。
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