空から落ちた死神は少女と出会う。2

 夕刻5時を知らせるであろうチャイムが微かに聞こえてくる。太陽は段々と厚くなっていった雲に隠され、すでに足元が見にくくなっていた。

「これは…………」

(完全に遭難した?)

辺りが暗くなるのと同じようにオレの表情も暗くなっていった。

(適当に歩いたのが悪かったのか? だとしても現在地すらわからなかったからな……)

サクッサクッっとオレが歩いている音だけが永遠に響いている。見上げると木々がそびえ立ち、方向感覚もわからなくなりそうだった。湿った空気の中、薄っすらと霧がかかっている。

(この霧がもっと濃くなったら厄介だな……)

「それにしても……」

ずっと森の中は異質な感じがしていた。鳥の鳴き声の一つや二つくらい聞こえてもいいはずなのに、まだオレは聞いてない。それどころか、虫の気配も感じない。

「冬……?」

それにしては凍えるような寒さは感じない、空気は少し冷たいという程度だ。季節を感じるような要素は一切なかった。

オレは、、そんな気もしていた。


 霧が深く立ち込め始める。

「はぁ、せめて森を一回抜けられたらな……」

疲れてきたからか、息も切れ始め、少し油断した。その時、

ザッ

「ヤベッ…………ッ」

オレは足を踏み外し、下へと転がり落ちた。

ザザザザザザザザ……

「っ、てー…………」

痛みはある。けれど例の如く大怪我はしていないらしい。オレは頭を抑えながら上体を起こす。

「あ…………」

目の前に見えた景色に声が漏れ出た。



 そこにはとてつもなく長い石階段があった。見上げても続く先は見えないほど長い。脇には灯籠が等間隔で並んであり、不安定に揺らぐ灯りを灯している。

「さっきまでなにもなかったよな……?」

オレは辺りを見渡す。

転がり落ちた形跡はあれど、暗いせいなのかどこから落ちたかがわからなかった。

タッ……タッ……タッ……タッ……

(誰か……降りてくる?)

初めて自分が出す物音以外の音を聞いた気がした。

タッ……タッ……

石階段と靴があたる。静かに、それでいて一定のスピードで近づいてくるその音。

ゴクン……とオレは唾を飲み込む。その音すら大きく聞こえるくらい静かな空間。

余計な音が立てられないため、立ち上がることも出来なく上体のみ起こしたままオレは上を見上げていた。

ふわりと白い何かが揺れるのを見た。

タッ……

白いパンプスを履いた細い脚。

揺れたのは白いワンピースの裾。

タッ……

長い黒髪も歩に合わせ、揺れる。

タッ……タッ……

「………………」

オレの目の前にソレは降り立った。



「………………」

「………………」

 両者無言。オレの背中に汗が一筋流れたのがわかった。

「………………」

「………………」

近くで見ると、身長はそんなに高く見えない。高校生くらいだろうか? その少女は無言で立ったまま下を向く形でオレを見続けている。

一見、普通の少女……になるのだと思う。

ただ、この異質な空気感。それを作っている原因であろう瞳に見つめられ続け、声も出ない。

それはとても深く、どこまでも続くような、けれどとても澄んでいて、その矛盾が恐怖にもなりえる。そんな蒼色をしていた。

「………………」

少女の口元が少し動いた。

「…………迷子?」

「は…………え……?」

オレはあまり想像していなかった語句故に、理解が一瞬遅れた。

「迷子……ですか?」

「え、あ、迷子っつーか、なんつーか……」

オレは返答に困った。

バカ正直に『死神』です。なんて言ってもおかしいし、それにその事実はオレもまだ認めていない。かと言ってこの森がこの子やその家族の所有地だったら、不法侵入になるわけで……。

オレが言い訳を考えていると、目の前に無言で手を差し伸べられた。

「………………」

「?」

「………………?」

オレが謎を示した表情をすると、彼女も首を軽くかしげて不思議を示した顔をした。

「え……っと……」

「……立たないの?」

「あ」

オレはあまりの異質感に自分が座り込んだままだったのを忘れていた。

「……悪い」

差し伸べられた手は借りず、スッと立ち上がり付着した泥をはたいた。


 立ち上がると身長差が見えてとれた。だいたい150cmくらいだろうか? 高校生にしては少し低めだろうか。オレはまじまじと少女を見てしまう。

「…………なにか付いてる?」

「あ、いや……」

自分の視線が悪かったのを自覚し、慌てて目をそらす。

「君は……」

「あめ」

「? 降ってないと思うけど……」

「……あめ」

(小雨でも降り出したか?)

オレは空を見上げてみた。

「違う」

「……ん?」

「わたし、雪乃ゆきの 亞名あめ

「名前か」

「そう……」

「オレは…………」

ふと脳裏にメルとの会話が蘇る。

──「じゃあ、とりあえずナナシくん46号でいいや」

「え、よくはないだろ……」

「これからよろしくね!46号くん!」


「そうだ……名前……数字……?」

「?」

「オレは……か……かず……かず、と。和人だ。」

記憶を捻り出し、出た名前。

(そうだ、オレは和人という名前だった……)

頭にかかっていたモヤが少し晴れた気がした。

「……か、かず、かず、と、かずと?」

「いや、普通に和人だけだよ……」

「……そう」

ボケたのか?いやそれにしては表情が全く変わらないが……。

もしかしてこの子、ちょっとアホの子だったりするのか?

「………………」

「………………」

また、沈黙が続いた。

「君は、」

「あめ」

「いや聞いたけど……」

「………………」

(名前で呼んでほしいのか?)

「亞名……ちゃんはなんでここに?」

「…………?」

沈黙がだんだんつらくなってきた。

「えっと……」

「わたしの、家。」

(やっぱり、そうだったか)

「オレは、えと、ちょっと森の調査を頼まれた……」

「妖精さん?」

「そうそう、妖精……ってなんでやねん!」

迂闊にもノリでツッコんでしまった。

「………………」

そして亞名は無表情のままだった。

(なんかオレがスベったみたいになってないか……? いやでもまぁ、妖精って当たらずといえども遠からずか……)

「……んん、いやまぁなんでもいいんだけど、ちょっと道に迷ってしまってね」

「迷子……」

「そう、だね」

「………………」

また亞名は黙り込んでしまった。

「えっとー、それで、もう暗いし帰り道がわからないな〜って……、?」

亞名がオレの袖を引っ張った。

「こっち」

「?」

亞名はもと来た道、階段を上がる方向へオレを誘導する。

「亞名ちゃん……?」

「かずと、迷子。この森はと思うから」

「え……?」

亞名に引っ張られ階段を登り始める。

先が見えなかったほどとてつもなく長い階段、だと思っていた。

少し上がり、霧が濃くなる。視界は亞名の袖を掴んでいる指先しか見えなくなった。

「亞名……ちゃん?」

それでも無言で先を行く亞名。

タッ……タタッ……タッ……タタッ……

タタッ……タッ……タッ……タッ……

二人分の足音だけがズレてバラバラに響く。

見える景色は真っ白で、もうなにも見えなくなっていた。

「ついた」

ブワッっと風が前方下から吹き上がり、霧が一気に晴れる。

「……っ」

オレはあまりの風の強さに目をつむり、そして止むと同時に目を開けた。


目の前には一つの古びた寺が現れた。

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