魔王と勇者。ときどき近所のおっさん。
もみじおろし
日常、そして微かな動き
第1ワ 魔王と勇者。そして近所のおっさん。
外では雷鳴が鳴り響き重々しい空気が漂う、勇者はついに魔王城までたどり着き、最後の一戦を迎えようとしていた。
「魔王! 決着の時だ!」
剣の矛先を向けられた魔王は不適な笑みを浮かべる。
「フハハハ! よくぞ、ここまでたどり着いた。だがお前の命運もここまで。貴様はここで灰に帰すのだ!」
魔王の宣言を聞いた勇者は動いた。
剣を振りかぶり魔王目指し突っ込む。
「うおぉぉお、食らえ! 『スラッシュブレイド』」
白いオーラを
『
軽く手を振った魔王。
それだけで、彼の指先からは漆黒の斬撃が、辺りの空気を振動させ勇者へ襲いかかる。
それをなんとか剣で受け止た彼は、衝撃で後ろに滑るようにして押された。彼も黙っているわけにはいかない。
『
唱え、剣を胸の前で構える、勇者を中心に地面に魔方陣が浮かび上がる。
すると、彼の周りの空間に無数の白く光る小さな剣のような物が出現した。
そして、剣の矛先を魔王に向けたのを合図に、一斉に空間を突き進みながら魔王目掛けて突っ込んで行く。
「ほう。なかなか、やるではないか」
魔王はそれを魔法で素早く横に移動しながら避けていった。そして、勇者の攻撃が止むと笑みを浮かべる。
「フハハハ! 久方ぶりだぞこんなに楽しいのは! 他にもっと技は無いのか?」
勇者も笑みを浮かべ答える。
「お望みとあらば見せてやろう。……ただしお前が生きてる保証はできねえがな!」
そう言うと、両手で勢い良く剣を地面に突き刺す勇者。そして、なにやら呪文のような物を唱えだす。
彼の辺り一面に無数の魔方陣が浮かび上がり、地面が揺れだした。
そして、地響きともとれる轟音を轟かせて彼は技を繰りだ──そうとしたその時!
突然、勇者の意思とは全く無関係の場所から爆発音が。
思わず二人とも音の発生源のほうに、彼らの目には、頑丈なはずの城の壁が、大穴を空けているのが映った。
土煙が上がる中、人影が一人、二人の元へ──。
二人の視線を独占している人物は静かに話し出す。
「……おい、てめえら、今何時だと思ってんだ?」
その人物を見るやいなや勇者は、魔王に怒号を浴びせる。
「おい! 仲間なんて呼びやがって、卑怯だぞ!」
「いや、我は、こんなやつは知らんぞ」
この突然現れた人物は、魔王城の近所に住む、おっさんである。
「おい、貴様何者だ?」
魔王に訊かれると、おっさんは眉間にシワを寄せる。
「もう一度だけ訊くぞ? 今何時だ?」
おっさんの答えを聞き、話しても無駄だと判断した魔王は彼に『
「お、おい!」
勇者の声を無視し放たれたそれは、おっさんを肉塊とし、音を立てて崩れ落ちさせるはずだった。
しかし、おっさんは傷どころかかすり傷一つせずそこに立っていた。
目の前の出来事に、驚愕の表情をうかべる二人に対し、おっさんは笑みを浮かべる。
「ほう。ずいぶん反抗的だな。……よし、説教だなこれは」
おっさんは魔王の前まで瞬間移動すると、彼の胸部に蹴りを食らわす。
一瞬の出来事に魔王は何が起こったのか理解できない。
そして、彼の脳の処理が終わる前に、後ろの壁に激突させると、ぐはぁ! っと思わず激痛から肺の中の空気を吐かせる。
それを見ていた勇者は、後ろに後退りし剣を構えた。
すると、今度はお前だ、と言わんばかりに、おっさんは彼に歩みを進める。
「ま、待ってくれ! あなたはいったい誰なっ──」
おっさんは勇者の声を聞く間もなく、腹部に拳を繰りだした。
そして、彼も魔王と同じく後ろの壁に勢いよく叩きつけられる。
勇者が痛みに顔を歪めていると、おっさんの後ろから叫び声が聞こえ、魔王が突っ込んできた。
「許さんぞ貴様ぁぁああ!!」
おっさんは突っ込んでくる魔王を冷静に躱すと、彼の頭に拳骨を喰らわせた。
あまりの衝撃に、魔王は地面に叩きつけられ悶絶した。
──そして、おっさんは二人を暫く殴り、目の前に正座させると、お説教が始まる。
「よし、じゃあ訊くが今は何時だ。答えろ!……じゃあまずは……左のお前!」
勇者は身体の痛みを我慢し答える。
「よ、夜中の三時です」
「そうだな! じゃあ、次は右のお前! 俺がなんで怒ってるか分かるか?」
魔王は自信なさげに答える。
「え、えーっと、我が魔法を放ったから?」
彼の答えを聞いたおっさんは怒鳴り声を上げる。
「ちっげえよ! 馬鹿野郎! この真夜中に騒ぐなって言ってんだよ! 近所迷惑だって分からねえか!? てめぇらがうるせぇから寝れやしねぇんだよ!……こりゃ、もう一回ぶん殴られねぇと分かんねぇか?」
おっさんの言葉を聞くと魔王は慌てふためく。
「ま、待て! 今しがた理解した!」
「本当か?」
「ああ、もう騒がないと誓おう!」
「よし、そうか……じゃあ、お前ら、俺に言うことがあるな?」
二人は目を合わせ頷き同時に答えた。
「「はい! もう夜中には騒ぎません!」」
二人の答えを聞いたおっさんは、無言で片腕づつ二人の胸ぐらを掴み宙に浮かせた。
宙に浮かされた二人は、慌てて口を開く。
「ま、待ってくれ! なにか他に問題があるのか!?」
「ぼ、僕たち何かお気に障ること言いましたか!?」
おっさんは眉間にシワを寄せて声を荒らげた。
「『夜中には』ってなんだ! 『夜中には』って! 朝も昼もでけえ音は出すな! 分かったか!」
「「は、はい! 分かりました!」」
二人の返事を聞いたおっさんは、胸ぐらを掴んでいた手を離しもう一度確認する。
「よし、じゃあもう一度だけ訊くぞ。お前らが俺に言う言葉はなんだ?」
二人はアイコンタクトをして答える。
「「え、えーっと、大きい音は迷惑なので今後気を付けます」」
「よし……まあ、合格だ。そんじゃ俺は帰るからよお」
「「はい! お気をつけて!」」
「今日、言ったことよく覚えておけよ? 次、騒音が聞こえたらぶっ殺すからな!」
「「はい! 肝に命じておきます」」
おっさんは二人の返事を聞くと、満足した表情で自ら空けた壁の穴へと消えていった。
おっさんが去って暫く後、魔王は地面に拳をぶつけ愚痴をこぼす。
「くっそ! なんだよ近所迷惑って! 今まで言われたことねえよ! 普通、魔王と勇者戦ってたらそういうの気にする? いや我だったらしないね!」
その独り言を聞いた勇者は立ち上がり、魔王に話しかけた。
「あのさー、俺、今日もう、そういう気分じゃないから帰っていい?」
「ん? ああ、次はいつ来るのだ?」
「んー、流石にこの身体じゃあキツいから一週間後くらいかな」
これがこの二人のおっさんとの出会いであった。
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