34.分かってないのはどっち
「
手で作ったメガホン越しに叫ぶ
「高岡さん、凛々果達が来たよ」
「う………」
「お昼ご飯一緒に食べるんだよね」
詩音の声に小さな唸り声を上げた乃慧琉はむくりと起き上がった。いつもより目を覚ますのが早かった気がする。
「……お昼、もう?」
そりゃあ乃慧琉はずっと寝ているから、朝の時間からお昼にタイムリープしたようなものだ。
「乃慧琉ちゃーん!おーい!」
凛々果が外からしつこく呼んでる。その声でやっと覚醒したのか、ハッと目を開いた乃慧琉は肩を跳ねさせて廊下の方を確認したあと詩音の方を振り向いた。その顔は縋るようなものだった。
「一ノ瀬くんも行こうよ」
「えっ…ええ、……僕も?」
頼まれるかもと予想はしていたけど、という風に流し目で凛々果達の方に視線をやった。凛々果の後ろで叶音が険しい表情をしてこちらを見てる。お弁当を手に立ち上がった詩音は渋い顔をして二人の元に向かった。
「…僕も一緒にいい?」
目を細めて笑った凛々果の「いいよ!」と、目を細めて嫌そうにした叶音の「え〜…」が被ったが、間髪入れずに凛々果がその声を阻止した。
「みんなで食べた方が楽しいよ。どうせなら有馬くんも誘おうか」
そう言って迷うことなく凛々果はスマホをポケットから取り出す。そして素早く何かメッセージを送ったのか、すぐにブレザーのポケットに押し込んだ。
「グループに送っておいた」
凛々果のいうグループとは、凛々果と詩音と龍心の三人で作られたラインのグループだ。そこまで頻繁に稼働はしていないが、三日に一度ぐらい、基本は凛々果が発端で動いていたりもする。それを横で見ていた叶音が不満そうに声を上げた。
「三人のグループがあるなんてズルい」
入れて欲しいとアピールするような言い草だった。
「一年の時から、ずっと前からあったよ」
「知らなかったんだもん」
「うーん。叶音を入れてもいい?」
凛々果から尋ねられた詩音は間髪入れずに頭を勢いよく縦に振る。ややこしそうなのであえて断ることもない。グループに追加している最中に叶音は「乃慧琉も入れてほしい」と続けてそう言った。頷いた凛々果が未だ眠たそうにしている乃慧琉を手招いて呼ぶ。仲間に加われると聞いて乃慧琉は少し照れくさそうにスマホをポケットから取り出した。
キャッキャと歩きながら追加作業をする三人の背中を眺めながら詩音は考える。叶音がわざわざあんな事を言ったのは乃慧琉をグループに巻き込む為じゃないのかと。それ以外にたとえ凛々果がいたとしても、大して仲良くもない詩音と龍心が居るグループに叶音が入ってくる理由はない気がした。
「空いてるから、あそこで食べよう」
中庭に着いて、綺麗に整えられたレンガの花壇の上に皆で座って食べることにした。右から詩音、凛々果、叶音、乃慧琉の順番で座る。
初めて同じクラスになってから二ヶ月ほど経ったけど、詩音は乃慧琉が昼ご飯を自分の教室で食べている所を一度も見たことがなかった。気になってちらりと乃慧琉の手元を見ると、薄ピンクの風呂敷に包まれた小さな二段弁当が手の中にちょんと乗ってる。乃慧琉の家で見たコンビニ弁当の、プラスチックの容器のイメージが強かったので意外にも普通でホッとした。
「今朝は
当たり前のように言った叶音に乃慧琉が小さく頷く。心の中で、三宅さんはこの前聞いた人だなと思う。どうやらお手伝いさんのような人がお弁当を作って持たせてくれているらしい。
「今日は生徒会の準備があるから有馬くん来れないって」
サンドイッチを頬張る凛々果がスマホを見ながら言う。
「叶音と乃慧琉ちゃんは行かなくていいの?」
スマホから視線を逸らし凛々果は叶音達の方を見た。
「昼休みに呼ばれるのは会長と副会長ぐらいだよ。それ以外は放課後に呼ばれれば行くぐらいかな」
「生徒会って大変なんだね」
「そうでもないよ。有馬は会長だから大変だけど、私達は別にそこまでだよね」
卵焼きを箸で摘み、叶音は乃慧琉と顔を合わせて同意するように一緒に首を動かした。そして卵焼きを口に入れてつぶやく。
「それより部活の方が全然忙しい。新しく入ってきた一年生全く動けないし、イライラする」
「確かにね。まぁ、入ってきたばっかりだし動けないのは当たり前だけど」
「ばっかりって言っても、もう二ヶ月だよ?りりぃは呑気過ぎるんだよね。もっと焦った方がいい」
唐突に始まった部活の話に、自由で縛りのない平和な将棋部にいる詩音は感心したように二人の会話を聞いている。それに引き換え叶音達の所属するラクロス部は総勢40人以上の部員からなる、詩音の高校では割と大きい部類に入る部活だ。しかも結構強くて、高校の校舎から大会出場の垂れ幕がおりているほど。そんな部活に所属していれば、そりゃあそれなりに気が強くないと三年間もやってられないかと詩音は二人を見ながら思う。だってどちらも平均以上には気が強い。
「顧問はやれるだけやれって言うけど、大会までに使えるようになる一年はいないよね」
授業が終わったこの後にまた部活に行くことを考えて渋い顔をする叶音は、ふっと乃慧琉の方に視線をやった。
「…乃慧琉が入ってくれればなぁ」
「え?乃慧琉ちゃんラクロス出来るの?」
驚いた凛々果だが、詩音も同じことを思って前のめりになって乃慧琉を覗いてしまった。
「出来るよ、しかも上手い。乃慧琉は小学校の頃からずっとラクロスやってたから」
叶音に指名された乃慧琉だが、なぜか気まずそうに俯いているだけで何も言おうとしない。
「見学だけでも良いから来てって言ってるのに、一度も来てくれないの」
「もう私、ラクロス辞めたから…」
久しぶりに話したと思えば、乃慧琉は虫の羽音のように弱々しい声でそう言った。それを掻き消すように否定する叶音。
「なんで辞めたの?勿体ないよ!とりあえず一回で良いから見に来ればいいのに」
叶音と乃慧琉は幼馴染らしいし、このやり取りを幾度となくしたのであろう。二人の間に何とも言えない空気が漂う。すると間にいた凛々果が笑顔で叶音をたしなめた。
「そんな無理に誘うことないよ。乃慧琉ちゃんにも何か理由があるんじゃないの」
「無いよ、絶対」
高いポニーテールを揺らした叶音はキッパリと言い切った。乃慧琉に大して強くものを言うクラスメイトはいないので、詩音は心臓が変にソワソワする感じがした。
だが意外にも乃慧琉は押し黙ることを選ばなかった。
「叶音は…何も知らないでしょ」
くっと視線を上げてキツい言葉を放った叶音を見据える。しかし叶音だって譲らない。
「知らないって、なら何を教えてくれたの?私が納得するラクロスを辞めた理由を乃慧琉は言わないじゃない」
「ちゃんと言った。部活に入らない理由も伝えたよ」
「眠いから?そんなの私は納得してない。見にも来ないし、部活のこと分かろうともしないのに、何も知らないとか自分のことばっかり言わないでよ」
隣で突然始まった女子の喧嘩に、詩音の頭の中にいるハムスターが物凄い速さで回し車を回し始める。つまり混乱している。あまりの気まずさにお弁当に入っていたハンバーグの味がしなくなってきて、もはやこれがハンバーグなのかさえも分からなくなってきた。
「ご馳走様でした!」
不意に聞こえた腹から出したような叶音の大きな声。びっくりして顔を上げたその次には、叶音は長いポニーテールを左右に揺らして校舎に一人で戻っていくところだった。
「叶音、ちょっと」
焦った様子で叶音を呼び止めようとした凛々果の隣で、乃慧琉は傷付いた素振りすら見せず黙々とお弁当を食べている。
詩音の脳内ハムスターは、やはり高速でホイールを回していた。
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