21.静まり返った家
「お邪魔します」
乃慧琉に招かれた三人は家に足を踏み入れる。石で出来た玄関にはさっき乃慧琉が履いていた靴と、学校のローファー以外に何も並んでない。
用意されたスリッパを履いてリビングに向かうが、詩音達が歩く足音が広い部屋に響くだけで家の中は不思議なほど静かだった。
「高岡さん今は眠たくないの?」
前を歩く乃慧琉に聞く。
「さっきまで庭で寝てたの」
「庭?」
「うん、コポリと一緒にね」
「そっか。でも元気そうでよかったよ」
詩音は自分が思っていたよりも乃慧琉が明るいことに驚いた。乃慧琉が不眠で凄く悩んでいるように見えたのは自分の思い込みだったのだろうか。
この様子だと自分は居なくても良さそう。そう考えると詩音は、少しばかり心臓が不安な気持ちでドキドキする感じがした。でも体調が良いのに越したことはないしと自分に言い聞かせる。
「うわー!広い!」
案内されたのはリビングだった。凛々果が興奮したように家の中を見渡している。部屋は吹き抜けになっていて、二階の廊下がここからでも見えた。
「あまり生活感が無いな」
龍心がポツリと呟く。詩音も同じことを思っていたから浅く頷いた。とにかく物が少ない。部屋に入るなり目についたのは、アンティーク調のデザインで出来た一つのテーブルとセットになった椅子。そして部屋の隅に扉が開けっ放しの大きな犬のゲージがある。ゲージの中に居る犬は大人しく伏せてはいるが、ジッとこちらの様子を伺っていた。
「ここで寝てたの」
窓が全開に開かれた縁側を指差した乃慧琉の横で、それを見た凛々果が興奮したようにはしゃぎ出す。
「縁側で昼寝なんてドラマみたい!私もやりたい!」
そして返事を待つ前に縁側に寝転がった。靴下のまま両足を縁側から放り出して、嬉しそうに瞼を閉じた凛々果の体半分を太陽の光が照らす。
自由人だなと思いながらも、詩音は乃慧琉の方にゆっくりと視線をやった。寝そべる凛々果を眺める乃慧琉の表情は笑顔だ。そんな乃慧琉を見た詩音は少しだけホッとした。
「乃慧琉ちゃんも、有馬くんも詩音も、皆で並んで寝ようよ」
そう言って凛々果は乃慧琉に微笑んだ。頷いた詩音は凛々果の隣に寝転る。床に頭を付ければ綺麗に整えられ青々とした庭と、雲一つないスカイブルーの空が視界の全てを掻っ攫っていった。心地よい空気の匂いを嗅いで、詩音はそっと目を閉じた。そんな自分の隣に乃慧琉と、凛々果の隣に龍心が腰掛けた気配がする。
「私、いつもコポリと寝るの。だからここに呼んでもいい?」
横に座った乃慧琉が言った。コポリって犬のことか、と少し焦った詩音が躊躇いの言葉を吐く前に「いいよ!」なんて凛々果がはつらつとした様子で答える。
「コポリ、おいで」
乃慧琉が静かな声で言うと、ゲージに入っていた大きな犬がゆらりと詩音達の元へ近づいてきた。先程吠えられたばかりの詩音は不安になって体を起こす。犬が歩くと、爪が床とぶつかる音がカチカチと部屋に響いた。
小型犬でさえちょっぴり怖い詩音。ピットブルという犬種がいることを知らなかったし、犬なのに人間みたいに筋肉が付いていて歩き方でさえライオンみたく堂々としている姿が余計に恐怖心を煽るのだ。
だけど初対面の時よりは落ち着いているように見える。手入れされた淡いクリーム色の毛と、
怖くないのか、自分から犬に向かって手を差し出した凛々果の匂いを嗅いだあと、犬は静かに乃慧琉の隣にぼふっと座る。「かしこい」と呟いた凛々果は感心しているが詩音は未だ怖かったので、あんまり犬の方を見ないようにした。
「コポリっていう名前、可愛いね」
目を閉じたままの凛々果が言う。
「アニメのキャラクターから取ったの」
犬を撫でながら乃慧琉がそう返した。
「意外だね。乃慧琉ちゃんアニメ見るんだ」
「うん。この家ね、いつテレビを付けてもアニメが流れるの」
「アニメばっかりのテレビ?」
「そう。チャンネルをどれに変えても、どんな時間でもアニメだけなの」
「ふーん、変なテレビ」
凛々果は本気で不思議そうにしているが、恐らく乃慧琉の親が、乃慧琉の為だけに何かの動画配信サービスやサブスクリプションに登録していたんだろうと詩音は考える。詩音の家でも、詩音が本当に小さい頃だけそんなものに入っていた気がする。でも小学校高学年に上がったぐらいで自然と見なくなってた。
「ずっとアニメをやってるって、親はテレビを見ないの?」
ふと疑問に思ったのか、瞼を開いて頭を乃慧琉の方へ向けた凛々果に、乃慧琉は小さく微笑む。
「私の親、あんまり帰って来ないから」
「……そうなの」
それを聞いた凛々果は暫く黙り込んだあと「ちょっと寂しいね」と言って起き上がる。ほんとに考えたことをそのまま言うんだなと思ったけど、乃慧琉が何も言わなかったので詩音も黙っていた。
「ワンちゃん触ってもいい?」
そして乃慧琉に聞いて、凛々果は何事も無かったかのようにコポリに触ってた。一番端に居る龍心はというと、何も言わずに青い空を眺めている。
音の無いこの家の無機質な広さと、もう大きくなった乃慧琉が一人でアニメの流れる画面を見つめる寂しい気持ちは比例するんだろうなと、詩音は何とも言えず切なくなった。
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