2.お願いがあるの

昼食後の授業はひどく眠たい。特に数学なんて、数式を考えてる内にポッと眠ってしまいそうだ。教室にいるみんなも同じ状況なのか、うつらうつらと頭が不安定に揺れている生徒がいるし、もう諦めて寝てる生徒も何人かいた。


「じゃあ次の問題、珍しく起きてる高岡に答えてもらおうかな」


数学の担当である女性の先生が、眠気とは正反対のハツラツとした声で彼女を当てた。授業を受けているというよりもいつも通り夢現だった彼女は、突然自分が指名されて目を丸くさせる。


「へ……………」


何の話でしょうと瞳を丸くした彼女だけど、教室中の誰もが予想していた反応だった。先生だってこうなることが予測出来たはずだ。


唐突に夢の世界から現実に引き戻された彼女は、辺りを見渡して数回瞬きをする。

やっぱり起きてるけど、起きてないんだ。その様子を見て僕は思う。今起床したばかりみたいな顔をしたまま、彼女はゆっくりと教科書を開く。そしてしばしの間、教科書と睨めっこを始めた。

眉をひそめたま細い指で髪の束を耳に掛けた彼女。困っている横顔ですら美人は儚げに見えるから凄い。


「えっと……………」


だけど彼女は一向に答えを求められない。いつもなら、"高岡は美人だから答えなくていいじゃん"なんて茶化しを入れる男子生徒達も昼ご飯後の眠気に負けて机に突っ伏せて寝てる。


「46ページの問3だぞ〜」


優しいのか優しく無いのか、先生は彼女が答えるのを呑気に待ってる。打って変わって急かされた彼女の長い睫毛は憂いを帯びるように揺れた。

それを横目で見た僕は唇を噛む。みんなの視線は自分では無く彼女に集まっているのに、僕は何故だかどうしようもなくいたたまれない気持ちになった。先生の指定した問題を目で追い、ノートに文字を書き殴った。心臓がドキドキと忙しなく音を立て始める。そしてまた彼女に目をやった。


「……………」


何かが伝わったのか、不意にこちらを見た彼女。バチっと音を立てるように目が合う。僕は勢いよくノートに視線を落とした。そしてノートの端に書いた文字をじっと見つめる。すると黙っていた彼女が問題の答えを、整った形をした桃色の唇からそっと呟いたのだ。


「お、正解!合ってるよ〜」


先生の朗らかな声が教室に響いた。黒板に彼女が答えた回答を書くチョークの音。そしてまた、彼女が指名される前の平和な授業風景に戻っていく。僕はノートの端に書き殴った問題の答えを見てホッとした。当たっててよかった、隣の席の彼女はどんな顔をしているんだろう…と恩着せがましくも彼女を盗み見する。

すると彼女も同じように僕を見ていた。驚いた僕はまるで、何かに心臓を掴まれたみたいに彼女から視線を逸らせなくなる。彼女は僕が自分のことを見るのを待っていたみたいだった。


何やら真剣な顔をしていた高岡乃慧琉は、僕に向かって「お願いがあるの」と丸い瞳をうるませる。

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