3-5. 遊びは終わりだ

 そうやって、コンさんが一也からリスキーゲームを回収してから。

 コンさんの運転する車。ウーさんと俺はコンさんと同じ車に乗っていると不自然なので、一也の家の前で別れた後、大きな道路の前でコンさんに拾ってもらって、そのまま同じ車であの小学校裏の神社を目指した。後部座席に俺とウーさん。助手席にはあのリスキーゲーム。道すがら、運転席のコンさんが話した。


「金欠も災難の内。これが上手くいったみたいだな」

 弁護士に扮したウーさんが微笑んだ。

「だいぶ絞りましたからね」

「遊ぶと不幸になるゲーム。こちら側から『不幸』を用意すればその『不幸』の範囲を超えたことは起こらない。『不幸』をコントロールできる」


「あの、今回のって」

 俺は正直、未だに訳が分かっていなかったので訊ねた。

「どういう手筈だったんですか。俺、ただウーさんのことを弁護士だって紹介しただけで……」

「その仲介役が大事だったんだ」

 コンさんが静かに続けた。

「弁護士役のウーを信用させる必要があった。今回の件、ウーが最後に言った『一度返還に応じてみる、というのはどうでしょう』を一也くんに飲ませる必要があった。ウーのことを信用していないとこれはできない。君が紹介した弁護士、という役割なら一也くんの信頼も買える」


 今回の大まかな流れをまとめるとこうだ、と、コンさんがハンドルを回しながら告げた。

「まず架空の請求をして一也くんを困らせる。そして一也くんに弁護士を立てさせ、弁護費用だと言ってじわじわ金を絞る。これがこちらの用意した『不幸』だな。『金欠も不幸の内』。リスキーゲームの不幸を牽制する。で、ある程度金が減ったところで請求側である僕が事を大きくしてビビらせる。弁護士役のウーが『一度返してみませんか?』とまるで次があるかのような言い方をして目当てのリスキーゲームをかすめ取る」


 なるほど、と俺は頷く。しかしそうしている間にも、助手席に置かれたリスキーゲームが俺を誘惑する。遊ぼう、遊ぼう、遊ぼう、遊ぼう……そう語りかけられているかのようだ。


「今回ばかりはさすがに報酬をもらう」

 コンさんが厳しい表情でハンドルを切った。

「それは危険だ。とんでもない代物だ」

「報酬って言っても、俺……」

 と、言いかけた俺にウーさんが笑いかけた。

「一也くんから絞ったお金を私とコンさんで山分けしますよ」

 結構な金額ですね。そう満足そうに笑うウーさんと、額に汗を浮かべるコンさん。何だか対照的な二人の間で、俺はどういう顔をすればいいのか困ってしまった。

 ただリスキーゲームだけが、俺を誘惑し続けていた。



 神社の鳥居をくぐると、すぐ。

 リスキーゲームの誘惑がなくなった。あんなに遊びたくて仕方がなかったのに、神社の鳥居をくぐった瞬間、あの「遊ぼう、遊ぼう」という誘惑がピタッと止まったのだ。

「来たね」

 俺たちが大きな銀杏の木の前で立ち止まると、本殿の中から、何だか平安貴族みたいな服を着た神主さんが姿を現した。手に布切れがいくつも結ばれた棒のようなものを持っている。俺が初めてここに来た時に着ていた袴姿とは明らかに格が違う衣装だ。薄く開かれた目が何だか神聖な雰囲気で、俺はごくりと唾を飲んだ。コンさんが運んできたリスキーゲームをごとりと石畳の上に置いた。


「禍々しい」

 神主さんが小さく告げた。何かの宣告を受けたような気持ちになった。

「そうやって徒に人を地獄に巻き込んで楽しいのか」

 俺はリスキーゲームを見た。

 一也が攻略したからだろう。箱の一面がかなり凹んだ状態になっていた。俺が解いたのより二段階先、eleventh gateまで一也は進んでいた。十を超えている。ということは、やっぱり十三段階……? 


「あるべき姿に戻れ」

 凛とした声でそう発してから、神主さんが布切れのたくさんついた棒のようなものを振った。

 すると、途端に。

 氷が解けるような、パキパキという音を立てて。

 リスキーゲームの凹んだ一面がどんどん元に戻っていった。eleventh、tenth、ninth、eighth……。

 そして最後、first gateが閉じられた瞬間。


 ヒヒヒヒヒヒヒ……。


 頭上から声がした。それは何だか枝を揺する風のような、大きいけれど小さい声で、俺はびっくりして辺りを見渡した。しかしコンさんもウーさんも神主さんも、ただただリスキーゲームのことを眺めていた。


「うっ」

 不意に神主さんが頭を押さえて蹲った。すぐさまコンさんが駆け寄る。

「大丈夫か」

 神主さんがすぐに手を挙げてコンさんを制する。

「抵抗している」

 俺は再びリスキーゲームを見た。カタカタ震えている。

「遊びは終わりだ」

 それがリスキーゲームに向けられた言葉なのはすぐに分かった。神主さんが棒を振るった。

「お前を悠久の時の中に閉じ込める。私の家系が続く限り、お前のいる場所は永遠にここだ」

 コトッ、とリスキーゲームが震えた。それから全く動かなくなった。


「眠らせた」

 神主さん。

「このまま眠り続けてくれるといいが……」

「すごい気配でしたね」

 ウーさんがホッとしたように笑った。

「私でも感じましたよ」

「僕も感じた」コンさんが額の汗を拭う。

「今までで一番ヤバイ奴だったんじゃないか?」

「遊ぶと人を地獄へ誘うゲーム」

 神主さんが地面に置かれたリスキーゲームをそっと手に取った。

「封じておかねば。異教の呪物だが、私でも何とかなるだろう。どうにもならなかったら、あの方に頼む」


 あの方、が誰なのか俺には分からなかったが、しかしコンさんが目に見えて顔色を変えた。何か訳ありなのだろうが、俺は踏み込まない方がいい気がしたので黙っていた。

 ウーさんは初めて会った時と同じようににこやかな顔をしていた。それから彼は、俺の元へそっとやってくるとこう告げた。

「アンティークに限らない。中古で何かを買う時。気をつけて」

 その言葉に神主さんが続いた。

「買う時に何かを『もらう』危険性がある。物には魂が宿る。その魂の相性が合わないこともある。今回のように誰彼構わず害を加えるものに限らず、反りが合わないだけで害をなす魂も、あるにはあるから」

「は、はぁ」

 ここに来てようやく、俺は気づいた。

 全身に、鳥肌が立っていることに。

「これは本殿で厳重に保管する。決して外に出ることのないよう……」

「大丈夫か」

 真剣な顔で訊いてくるコンさんに、神主さんはにっこり微笑んだ。

「大丈夫だよ。ありがとう狐井」

 狐井、というのがコンさんの本当の名前なのか、俺には判断しかねたが、しかしリスキーゲームを持った神主さんが本殿の奥へ消えると、俺はコンさんとウーさんに連れられて家まで送ってもらった。


 家に帰って、すぐ。

 俺は今まで買ったアンティークの類を全部処分することにした。壺や、オブジェや、絵や、置物が。

 俺のことを虎視眈々と、狙っているような気がしたから。


――『リスキーゲーム』 了

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