十一 櫛の話───雪月銀河と白花星影

「……うーん……曇ってるなぁ……」

 店の戸を開けて、春依はるいは眉を寄せた。

「今にも降り出しそうか?」

 後ろから暁生あかつきの声が掛かる。

「それ程でもないけど……今日ずっとこんなんかもなぁ……」

 厚くたれ込めてはいないけれど、陽光が射し込まない程度には雲で覆われている。この状態が良くなることは、期待できなさそうだ。

 灰の空を眺め、吐息ひとつ。……まあでも、店の業務と天気は関係ないし……。

 嵐でもなければ店は開けるのだ。……時々こちらの都合で閉じるのは、ええと、ままありますけども。申し訳ない。

 ──そのお客様が来たのは、そんな日のことだった。




「ごめんください」

「いらっしゃいま、せ……」

 昼までだいぶ時間のある、午前のこと。ちょうど店内にいた春依は直ぐに応対したのだが、来店者を見て思わずたじろいだ。

 その来店者──彼女は、曇り空のなかを差して来た日傘を畳むと、にこりと微笑み。

「こちら『しとせ屋』さんでよろしかったでしょうか?」

「あっ、はい。どうも……」

 さらりとくせなく流れるはぬばたまの髪。肌理きめ細やかな白い肌、切れ長の瞳、とおった鼻梁びりょうと桜色の唇は、清楚可憐の文字どんぴしゃりの美少女である。

 す、すごい、最近は不穏な騒動が多かったからかな、清涼感が……そんな、何故こんなきれいな人が、良く言えば古民家風のこの店に……。

 ──いやいや、店に来たのだから当然俺達の能力ちからを使う案件だろう。

 頭の中で自問自答みたいになりつつ春依は、彼女の後をついてくる、やはり日傘を差したもうひとりの存在に気が付いた。

 少女より頭ひとつ分背の高い彼は、漆黒の髪を短めに、やや彫りの深い風貌をしている。そして何やら──キュッと上がった柳眉や眼差しには険が含まれていた。じろじろと店内を見渡す。

 どちらも、春依に近しい歳だと思われた。

「あるモノについてご相談に……予約はしていないのですけど大丈夫でしょうか?」

「ええ、構いませんよ、こちらへどうぞ」

 春依は頷き、唯一のテーブル席に案内する。日傘は朝に出した傘立てのところに。

 優雅ともいえるきれいな所作でお客様が座っ……いや、座ったのは少女だけだった。少年の方は彼女のそばで、仁王立ちよろしく腕を組む。……はて?

 そこへ、暁生が盆を手にやって来た。相変わらずの無愛想全開でお茶を置く。これはこれでどうなのか……。そのまま彼は春依の横に腕組みして立ち、春依が座っているので、なんだかお客様と対称のような体に。

 少女は、「頂きます」 とお茶をひと口飲むと。

「では、あらためまして……私は、雪白ゆきしろと申します。雪白莉里  りりです。こちらは──」

 と、掌で彼を示し。

「兄の龍彦たつひこです」

 ……お兄さんだったんだ……。

 そう言われてみれば、目元が似ている……い、いや、あの少女に張りつかんばかりの態度からして、ボディーガードのように見えていた。それも、全てをめつける威圧感丸出しのボディーガード。

「どうも……」と会釈する春依に対し、またも、というかやはり、じろんと視線が投げられてくる。しょ、初対面、だよな……?

「兄は急遽付き添いで……その、お気になさらず。放っといてください。それで……此処では話しても良いとのことなので話すのですが……実は私達、雪女の末裔なのです」

 ──それを聞いた春依達に、驚きはなかった。

 実をいうと、彼女達が只者じゃないことは薄々感じていた。

 特殊な能力を持っているからか、なんとなく、ふつうの人間じゃないひとは分かるのだ。

 

 ──ここで、ものすご~く簡単に「昔話・雪女」をおさらい。

 ある冬の日の夜、父子のもとに雪女が現れる。父は雪女によって亡くなってしまうが、息子の命までは奪われなかった。ただし、この事は誰にも話してはいけないと告げられて……。

 時が経ち、息子の前に〝お雪〟という女性が現れ、やがて二人は夫婦となる。

 平穏に暮らしていたものの、とある夜、息子は父が亡くなった時のことを彼女に話してしまう……あの時の女はおまえにそっくりだった……

 しかし、お雪こそがその雪女だった。誰にも話すなと言ったのに……と正体を明かした彼女は、喋られたからにはもうここにいられないと、姿を消してしまうのだった──


「あ、現代の私達に特別な力は無いですよ。ただ、陽射しや暖かな気温というのはどうにも身体にこたえまして……お出かけには気を遣いますし、日傘も手放せませんが、普段本当にふつうの人として暮らしているんです」

「は、ははぁ……」

 な、なんだろ……、昔話確認後だと会話がちょっと怖いような……。場所によってはもっと怖い民話があるらしいし……とついいらんことを思い出しながら、春依の視線は自然傘立てへ。


「それから──我が家には先祖の代から守り継がれてきたものがありまして」


 そこで彼女は、膝の上に置いていた手提げカバンを開けた。取り出されたのは古めかしい木箱で、更にその中から二つのものをテーブルに載せる。

 それぞれ濃紺の風呂敷に包まれた、なにやら四角いものだ。

 両方の包みがほどかれる。二つとも、傷ひとつない漆塗りの小箱だった。

「この箱と中のものが、まさしく家宝となっているものです。それぞれ、この箱の為につくられた唯一の鍵でしか開けられません。──こちらの小箱は、これを」

 ひとつを春依達の方に差し出すと、手提げカバンから風呂敷と同じ色の小袋を手に取った。その中身を掌にのせ、

「水晶製の鍵です」

「す、水晶製の鍵……!」

 思わず復唱みたいになってしまった。

 彼女はその鍵を使って小箱を開けると、そっと蓋を開いた。

 春依は深く息を吸い込む。流石の暁生も感心したような気配を滲ませた。


 光沢ある布の上に納まっているのは、半月形のくしだった。──そのなんと美しいことだろう。

 透明感のある乳白色の輝きは、半月の輪郭を捉えさせない。その内に陽光を受けて煌めく銀雪が如き散らばりを湛えている。

 真冬の静謐せいひつさがそこにあるようで、

 なんとも──幻想的だ。


「〈雪月銀河せつげつぎんが〉──そう呼ばれている〝櫛〟です。言い伝えによると、雪女祖先様の落とした涙から生まれたのだと」

「ほほぅ……」


「ほぅ、確かに綺麗だな」


 いきなり誰のものでもない声がした。

 すぐ横に、腕組みした統理とうりが立っていた。……先日「夏休みに入る」と言っていた通りの来訪である。

 すぐさま反応したのはやはり暁生。「お前、いつの間に!」

「鍵かかってなかったからな、たった今普通に入ってきた」

 春依はすかさず「彼は常連です。口外しないので大丈夫です。お気になさらず」場を回した。

「え、ええ……えっと、それで、問題のあるのはもうひとつの小箱の方でして」

〈雪月銀河〉の蓋を閉じると、もう一方を示す。新たに濃紺の小袋を取り出して、

「こちらの小箱はこの蒼水晶の鍵でのみ開けられます。中に入っているのは同じく〝櫛〟なのですが、これは〈白花星影はっかほしかげ〉と言うものです」

「これらは……対のものなんですね?」

「はい」

 ──この両方が揃われてなければいけない、揃ってあればこその真価。

「これらは普段、この通り小箱におさめられて、誰の目にも触れられないよう我が家でも秘密の場所に仕舞われます。ひとにぎりの者だけが見ることを許されて、実は私も……最近初めて目にしたんです。この〝櫛〟には習わしがありまして──」

 二つの小箱に、視線を送る。

「想い人、あるいは将来を約束した方には〈白花星影〉を、自らには〈雪月銀河〉を。両者が持つことで永遠の契りの意味が込められているのです」

「この〝櫛〟自体に不思議な力は……」

「母からはまじないみたいなものだと教わりました。遠い過去の悲恋を思えば、子孫達わたしたちの悲願ですから。こうして代々受け継ぎながら、みなが祈りの気持ちを──」

「ひれ……、」

 あ、あれ……? あの話って、悲恋そういうのなんだっけ? 雪女側からするとそういう事になる、の、かな……?

「え、えーとつまり、何か問題があったうえ迂闊には他人に見せられないので此処に、と……」

「ええ、そうなんです。それに母も昔、こちらでお世話になったと聞いて──」

「えっ? ……ああ、そうでしたか……」

「母の時は〈雪月銀河〉だったのですが、今回はこの〈白花星影〉の鍵が──」


「……だから嫌だったんだ……」


 今度は呻くような呟きに疑問符が浮かんで。

 一瞬誰もが黙り込み、次いで全ての視線が一点へ。

 途端にそのお兄さんが騒ぎだした。

「だから俺は反対だったんだ……! 先祖代々の家宝を、胡散臭い余所者よそものに見せるなど! 世界にひとつの鍵とはいえ結界も何も無い! 家から持ち出すだけでも危ないのに、蓋を開いて中を見せるなんて……っ!」


「おい、うちだからいいが、通常『自分は雪女の末裔です』って言ってるヤツも胡散臭いからな?」

「暁生っ、ちょっと、シッ!」


「大体っ、なんで急に家宝の状態を確認しだしたんだ。莉里おまえにはまだ早いと言ったろう!?」


「ひょっとしてこいつ……、シスコンてやつじゃないのか?」

「こらもうちょっと声量下げて……!」

「──春依サン、フォローになってねぇっすよ?」

  幸いお兄さんには聞こえなかったようだ。


 ──にしても、彼のここまでの睨みっぷりには納得がいった。家宝を第三者に見せるのも、妹さんがそう決めたのも、此処に来ることも。あの面構えは、色々不満だったからなんだなー……。

「せめて愛想のいい女性店員はいないのか!?」

「……この状態を見る限り不可能かと……」

 初見のお客さん二人というのは透雨とあには厳しいだろう。暁生よりは丁寧な対応ができるけれども。よっぽどのことがない限りは……。

「もう、静かにしてください、兄さん! 迷惑でしょう!?」

 冷ややかな眼差しを投げられるお兄さんだった。……怒られとる……。

「私達ではどうにもできないからお店に頼みに来たんですよ、失礼でしょう」

「い、いや、しかし……詐欺まがいの店もあるだろうし、俺はお前が心配でだな……、」

「必要ありません」

 ばっさり。凍りつけるような一蹴でもって突き放した。

「まったく……。兄さんが年甲斐もなく大泣きして土下座までして頼んでくるから仕方なく連れてきたのに……」

 大泣きしたんだ……土下座したんだ……という春依達の雄弁な目を向けられて、何かが折れたのか、お兄さんは肩をすぼめて俯いた。申し訳ないがちょっとそうしててもらおう。


「コホン、失礼しました。問題はこの〈白花星影〉の鍵なのですが……」


 蒼水晶の鍵を手にして、小箱の鍵穴に差し込もうとする。……その時気が付いた。二つの小箱は同じつくりをしていて見分けがつかないが、この〈白花星影〉の鍵穴部分には、雪の結晶のような綺麗な紋様がはいっている。

 そこに、蒼い輝きを放つ鍵が──

「これ、差し込めないんですよ」

 その通りの光景だった。奥まで差さらない以前に、鍵は鍵穴の手前で止まっている。

「何故か開けられない状態で……。鍵も鍵穴も調べてみたのですが、私達には何も分からなくて……」

「そう、ですね……」

 春依はじっと鍵を視てみるが、確かに、おかしなものが憑いている訳ではない。念のため暁生を振り返ると、彼も黙って首を横に振った。

「おそらく小箱の方の問題ですね。今は姿が見えないですが、邪気が隠れていると思われます。神聖なモノは邪気を呼び易いんですよ。でも、」

 小箱を見つめ、

「中のモノにまでは被害が及んでいない様なので、この邪気を除けば元通り開けられる筈です。今日のうちになおりますよ」

「まぁ、本当ですか……!」

 ほっと胸を撫で下ろす少女の傍らで、またもや兄の顔つきが胡散臭いと言いたげなものに変わる。次いで、お手並み拝見という表情も。

 まぁとにかく、今回の場合は、先に春依の能力ちからで邪気をあぶり出してから、暁生の能力で消す流れが一番だろう。邪気の程度は弱いはず。強力なものならば更に大きな被害か、人にまでも影響を及ぼしているだろうから。

「では、少しの間小箱に触れますね──」

 意識を小箱へと集中し──白い光の粒がそれを包む。そして直ぐに、小箱の内側へと吸い込まれるように消えていった。能力の加減はあえて抑えめ。小箱にも中の〝櫛〟にも影響しないよう邪気だけを表出させる。

 すると、モヤモヤしたものを引き連れて、無数に足っぽいのがついた丸いヤツが小箱の蓋の上に現れた。

 ここでおとなしく出てくる辺り、扱いが難しそうでは──


 ピョン、と跳んだ。


 ……手元には何も残っていない。

 …………最近、活発な邪気ものが多いなぁ。

「えーっと、何処跳んだ?」

「「ん」」

 と、暁生と統理が揃って指差したのは。

「な……何ぃッ!?」

 またもや全ての注目を集めて、お兄さんが後退あとずさる。

「バ、バカなっ、言っとくがもしこちらに被害が出たら一銭も払ってやらないからなっ!?」

「ちょっと兄さん?」

「い、いやたんまり払うから根こそぎ落としてくれぇー!!」

「ほぅほぅ、しかし邪気には好かれているようだな? 出てきた途端真っ先にとびつくわ、今お前の肩を陣取っているわ。取り憑こうとしてるんじゃないのか? ほーらお前の足首を掴む黒い手が……」

「なにぃぃぃぃぃッ!?」

 避けようとしているのかお兄さんがピョンピョンとび跳ねる。

 ……暁生、遊んでいるな?

 足首の方は嘘だ。それにしても……。

「もしや、邪気が見えていらっしゃらない?」

「はい、雪白家わたしたちみんなそうなんですよ。だからよりどうすればいいか分からなくて……」

 訊ねると、雪白さんが小さく頷いた。あ、お兄さんも雪白さんなのだけど。というか妹さん結構落ち着いていますね?

 まぁまぁ、小箱からは無事離れてくれたし、暁生の「取り憑こうと~」が本当になる前に、肝心の消去作業に入ってもらおう。

 春依が声を掛ける前に気付いた暁生が、「へいへい」 と肩を竦めながら片手を邪気へと伸ばし──

「む?」

「え? どうした?」

「……邪気が足っぽいの動かしてコイツのに入り込もうと」

 春依も凝視したところ今度は冗談ではない。「取り憑こうと」がまさに現実に──

「な、ななななななな」

「やっぱり好かれてんなぁ」

「……このままだとどうなります?」

「あのレベルの邪気ですと、毎日の疲労蓄積と体調悪化、それが積み重なったうえでの倒れ込みで四肢不動でしょうか──」本当です。

「手段は問わん! きれいさっぱり一刻も早く消してくれぇ!!」

 悲鳴の如き叫びが轟いたところで、「まあ待て」 と暁生が片手で邪気を、もう一方でお兄さんをがっちり押さえ込む。

 見守っていた統理が、「どうすんの?」

「あれは普段通り消しにかかる図」

 解説する春依。あの邪気は人間に対してはからかって遊んでいる動きなので、人に接しているとはいえこのまま消してもいいと暁生は判断したのだろう。

「ぃひぃぃぃぃぃ」

 あくまでも暁生が能力を働かせているのは邪気だけなのだが、

「のぉぉおぉ」

「おい、べつにお前には何ともないからしばらく静かにしろ」

「……」

 足のついたヤツだけでなくもやのようなものまで除去した暁生が離れると、

「お、おい、ほんとにひとつ残らず除去したな? 本当か? ほんとの本当か?」

「したっつの。低レベルの邪気だって何時いつまでも人の近くに置いといたらまずいんだからよ──」

 暁生以外の誰も指摘しないのを経てようやく納得したのか、ふっ……と無理矢理涼しげな笑みをつくり。

「……ま、まあ、助かったといえば助かったからな、礼を言ってやってもいいにはいいが──」

「兄さん?」

「──いや本当に助かった。危ないところをどうも有難う」

 分かり易いヤツだな、と暁生がいつも通りの顔で呟く。というかあの、お兄さんちょっとキャラが変わっちゃってません……?

 ──再びみなでテーブルを囲み、春依は確認してから小箱を手渡すと、

「どうぞ、開けてみてください」

 はい、と頷いた雪白さんが少し緊張の面持ちで蒼水晶の鍵を手に取る。

 みなの見つめる中で、鍵穴に差し込まれ……小さな音を立てて解錠される。

 ほぅ、と知らず息を詰めていたみなが大きく安堵した。彼女が、慈しむような手つきで小箱の蓋を開ける。


〈白花星影〉──こちらはしんと澄み切った冬の夜空だろうか。

 静かに広がる藍の空と、そこに零れる星々。片方と異なる控えめな瞬きは、まさに今眠りから覚めたかのようだ。


「……〝櫛〟の方も大丈夫そうですね」

「ええ……。なおしてくださって本当に有難うございます」

 そっと蓋を閉め、鍵も小箱も仕舞いなおすと。

「それでは、あの──代価のことなんですけれど」

 言葉に、暁生が目を光らせているので仕方なく、「ああ……大金は取りませんから大丈夫ですよ、ええ」

「こちらはどうでしょう」

 ──す、とテーブルに載せられた小瓶。中に──白い風、としか言えないようなものが入っており、蓋の上には「禁」と記された紙が貼り付いている。

 そんなものまで持ち出したのか!? というお兄さんの悲鳴には最早誰も突っ込まなかった。

「……これは……?」

「実はこれも一族に伝わっているものなのですが、祖先様の御力、としか言えないものです。ここにあるのはその一部ですが、これを使えば、、結界代わりになるのです。──と、言われているものです」

 だ、誰か使ったことがあるのか……?

「い、いいんですか……?」

勿論もちろんです。とても大切なものをなおしていただきましたから。あっ、これでは代価には足りないですか?」

「いえいえ、そんな、同じく代々の秘宝のようなものを──」

 結界代わりにできるなんて、とても便利じゃないか……。

 ではよかったです、と、彼女の顔が花笑みに彩られる。

「お世話さまでした」




「あれは……んだろうな」

「じゃないとここに持ってこないよねぇ……」

「ひとにぎりの人しか見るのも許されてない、秘密の場所にあるモノを、ね……」


 何やら呟きだした男連中に、奥から出てきた透雨はおろおろと見回した。


「あの家宝が必要になったからってことだよな」

「お兄さんは分かってなかったけどね……」

「あれは今後も黙っとく方針だと思うぞ」


「……三人とも……?」

 なおもひそひそと続けた三人だが、戸惑う透雨の呼びかけにお開きになった。

 と、テーブルに残された小瓶に気付いた透雨が、

「それ……」

「あ、これ代価のやつなんだ。お客様が雪女の末裔って──」

「同じものがあるよ、うちに。多分未開封の」

「「……えっ?」」

 春依と暁生が驚く。二人とも初耳だ。

 たしか彼女、母が世話になったことがあると言っていた──。

「私も話に聞いただけだけど……。前の依頼の代価もそれ頂いて……」

 当時のお客様曰く、

『コレがあればなんかみんな問題なしよ! 自分や恋人にふりかけておくだけでみぃんな手出し不可能なんだから! あなたも好きな人の手綱は握っておくのよ! なーんて』

 笑顔で言われたのだとか。……先代がか。

「「「……」」」

 気が付くと春依達は固まっていた。

 いかなる者でも寄せつけません──

 あの言葉の真の意味は……。

 なんとも形容し難い沈黙が、店の外の曇り空と相俟あいまってふくれ上がってゆくようだった。


 人の想いの強さは底知れないものですよねぇ……。



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