AD1430
第2話 使命と相棒
(……どうやら死んじまったらしいな)
意識が覚醒した三戸は、周囲を見渡して妙に納得してしまう。何もない空間。自分だけが浮かんでいる様な状態だ。
(さて、随分待たせてるだろうからな。愛妻と愛娘を探して謝らねえと)
せっかく死んだのだから、先立った愛する妻と娘を探そうと考える三戸。生前よりポジティブになっている思考に苦笑する。
(とは言ったものの……どっちに行きゃいいんだよ?)
ポジティブになった直後、何もない空間で何をどうすればいいのか分からず挫折する。
(……取り敢えず動くか)
何はともあれ、動かなければ始まらないと思った矢先の事。
『待て』
歩き出そうとした三戸に声が掛かる。耳から聞いていると言うよりは、頭の中に直接響く感覚。立ち止まり周囲を見渡すが誰もいないし何もない。
『探しても見えぬよ。存在している次元が違うのでな。いろいろと疑問もあろうがまずは話を聞くがよい』
違う次元にいるという声の主は、一方的にではあるが情報を提供してくれるらしい。ここは話を聞く、の一択だと三戸は思い、その場に胡坐をかく。
『うむ。中々に肝が据わっておるようじゃな。まずは其方は死んで霊体となっておる。ここは其方らの世界で言う黄泉とか極楽とか天国とか涅槃とか、そういう死後の世界へ行くルートから外れた所にある空間じゃ。そしてこの空間に来る事ができる者は、ある資質を備えた者だけじゃ』
「ある資質だと?」
死後の世界に行くルートから外れた。それは妻子を探しに行けないという事なのだが、三戸はその原因となった資質というものが気になった。
『ある分野において卓越した技量を持ち、その技量を活かす為の道具に愛情を注ぎ、そしてその道具が意思を持つに至った者。その者は世界を救う
「
『並行世界という物を知っておるか?』
声の主は三戸の問いかけには答えずに、話を続けた。
「ああ。概念としてはな」
三戸の認識としては、世界には分岐が存在していて、その時その時の選択によって複数の未来が存在している。つまり、あの時違う選択をしていれば、現在とは違う展開が待っていたはずだ。その違う展開が並行世界。
『よろしい。その中のひとつの並行世界の歴史は、其方が生きた世界よりも遥かに悲惨でな。魔界と空間が繋がってしまい、魔界からの侵攻により人類は滅亡の危機に瀕しておる』
通常ならば笑い飛ばすような、荒唐無稽な話ではある。しかし、今現在自分は死んでいる身にも関わらず、違う次元にいるという目に見えない存在と会話を交わしているのだ。不思議としっくりきてしまう。
「滅亡したらどうなる?」
『其方の生きた世界と並行世界は、お互いに影響を及ぼし合っていてな。並行世界での悪影響は其方の世界にも少なからず反映される。分かりやすい所では、並行世界の人類が、魔界からの大侵攻で大量の死者を出した事が過去に何度もあったのじゃが、其方の世界では戦争という形で反映されておる。過去二度に渡る世界大戦の様にな』
「並行世界の人類が滅べば俺の世界の人類も滅ぶって事か」
『うむ。核兵器などという愚かな物を造りおったおかげで一瞬じゃろうな』
「それで俺には並行世界を救え、とか大それた事をやらせようとしてるのか?」
『強制はせぬよ。ここで断っても構わぬ。その場合、其方は通常の輪廻の輪に組み込まれ、新たな生を受けるまで魂の眠りにつく事になるだけじゃ』
しかし、三戸の中で何かが引っ掛かる。
「大した脅迫だな。新たな生を受ける筈の世界が滅んでいるかも知れないんだろ? それが嫌なら戦えって事だろうが」
『そういう事もあるやも知れぬな。もっとも、この空間に来たのは其方だけではない。並行世界を救う決心をした者も何人かおる。その者達が並行世界を救う事が出来るかも知れぬしの』
やはり、と言った感じだ。戦わずに済ます事もできるが、来世に生まれるべき世界がなくなっているかもしれない。そしてそれが意味するのは。
「ちっ。あんた、神様だろ? 俺の妻子と話がしたいが出来ないか?」
『それは無理じゃな。新たな生を受けるべく眠りについている魂を起こしてはならぬ』
(世界が滅べば、新たな生もなにもあったもんじゃないだろうに……)
ここに至って、三戸の腹は決まった。妻子の魂が新たな生を受けるであろう世界のために。
「……やってやるよ。何か褒美位はあるんだろう?」
『いいじゃろう。並行世界で生きる為の力と知識、強力な肉体を与えよう。仲間を探せ。そして仲間と共に見事世界を救って見せよ。褒美は其方が満足するものを与える事を約束しよう』
「ちっ。魂と世界を人質に取っての脅迫じゃねえか。まあいい。約束を忘れるなよ」
『うむ。期待しておるぞ』
直後、この空間から三戸の姿が消えた。
『ハナノスケよ。其方の力は相棒の能力も相まって、他の
△▼△
「ん……?」
頭に感じる心地よい弾力と、何とも言えないいい匂いで三戸は意識を覚醒させた。
「お目覚めですか? マスター」
上から覗き込むのは銀髪に銀の瞳の少女。高校生程の年頃に見える少女の膝枕で眠っていた事を悟った三戸は、のそりと上体を起こす。神様との接触でも取り乱さない神経の持ち主の三戸だったが、珍しく動揺していた。
―――少女の容貌が余りにも整いすぎていたからか。
「済まない。えーと、君は? 俺をマスターと呼んでいたみたいだけど?」
「えーと、神様から、大切にしていた道具に意思が宿るというお話はお聞きになりましたか?」
そういえばそんな話も聞いたな、と思い出す三戸。
「ああ、
「はい! それです! 私はマスターから大切にしていただいた道具なのです!」
スッと立ち上がった銀の美少女は、嬉しそうに顔を綻ばせる。対する三戸は困惑しきりだ。
道具が意思を持ったと言われても、目の前にいるのは人間の少女だ。いや、人間離れしている美貌だが。そんな美少女に心当たりなどない。
「済まない。道具と言われてもな……分からないよ」
本当に心当たりが無さそうな三戸の態度に、銀の少女は分かり易く落ち込み涙を浮かべる。
「そんな……あんなに大事にしていただいたのに……」
目の前で本気で悲しむ美少女を前に、三戸は激しく狼狽する。この男がここまで狼狽するのは娘が生まれた時以来だったりする。
「いや、本当に済まない。心当たりがないんだ。教えてくれないだろうか?」
「……私の名前はF-4EJ改ファントムⅡ。コールネームは『アンジー1』です」
「!?」
俯きながら声を震わせ少女は話す。それを聞いてなるほど、と三戸は思う。
「それじゃあ分からない訳だ。俺はあの機体を、いや、今は君か。道具と思った事など一度もない」
それを聞いた少女は絶望の表情で三戸を見上げる。その銀の瞳から大粒の涙が溢れ出していた。三戸はその少女の頭に手を乗せ、美しい銀髪をクシャリと撫でる。
「アンジー1は道具じゃなくて共に命を懸けて空を舞った相棒だ。道具だなんて俺のアンジーに失礼だろ?」
「――!! マスター!!」
少女は泣き顔から輝くような笑顔に表情を変え、三戸の胸に飛び込んだ。
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