みなと3

「主査。この後、少しいいですか?」

時刻は20時を少し回ったほど、小田くんから声がかかった。声のトーンが低く、少し嫌な予感がする。転職か?

「いいよ。どこか違う会議室借りる?」

「あ、いえ。そういう感じでは…。少し私用というか仕事じゃないお話したいので」

小田くんは周りの注目が自分に集まっていることに気づき、キョロキョロした。

「…じゃあ、コーヒーでも飲みに行こうか?」

「ありがとうございます」

「じゃあ10分後に行こう」

もう少し仕事はしたかったが、俺は作業途中のファイルを保存しパスコンを閉じ、荷物をまとめた。

コーヒーショップは近くに何点かあるが、人目を気にしている小田くんのことを考えて、あえて少し遠いコーヒーショップに行くことにした。

店内は半分くらいの席が埋まっていたが、壁寄りの小さいテーブル席が空いていたため、そこに座った。

「小田くん、何か飲みたい?」

「あ、ブラックでお願いします。あ、アイスで」

「わかった。…アイス2つでお願いします」

若い女性の店員にアイス2つを注文し、小田くんの顔をちらっと見た。

小田くんは心なしか緊張している。小田くんは入社6か月の新人だ。上司と1対1で話すのはまだ緊張するのもうなずける。

「小田くんは休みの間何をし」「梶岡さんは、先輩のことが気になっていると思います!!」

小田くんが、身を乗り出しながら、唸るように声を上げた。小田くんからそんな大きい声を聴いたことがないから驚いた。

「…梶岡さんが何て?」

聞き取れてはいたが、脳が情報を咀嚼できず思わず聞き返してしまった。

「…先輩のことが気になっていると思います」

「…はあ。そうですか…」

どう返事をした方がいいか、わからずどこか他人事のように答えた。

「どうされるんですか?」

「…どうもこうも」

「先輩はどう思っているのですか?」

「…」

俺は気づいたら手元にあった、コーヒーをぐっと飲んだ。くらくらする頭をアイスコーヒーでシャキッとしたいと思ったが、まったくうまくいかない。もしろ冷たさで頭が痛いくらいだ。

「小田くんの勘違いの可能性があると思うよ」

「それはそうかもしれませんが、確度は高い情報だと思います」

そんな職業病のような表現をされても困るんだけど。

「わるいけど本人から何か直接言われたわけでもないし、僕からどうこうというのは全くないよ。梶岡さんも小田くんも良い後輩だと思っているけど本当それだけ」

「僕のことはどうでもいいんですよ。」

「…梶岡さんのことは良い方だと思うよ。けど、本当にそういうことはないんだよ」

「梶岡さんが男性とごはんを2人で食べるなんて、先輩以外としていません」

「今日は小田くんを誘をうとしてたじゃん」

「それなんですよ。僕は”ダシ”に使われているんですよ」

「…どういう意味?」

「…もういいですよ」

そういうと小田くんはアイスコーヒーを思いっきり飲んだ。

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【毎週投稿】恋愛経験のないおじさんがこれから先の人生を考えてそろそろ結婚しようと努力する話 @Hajikas

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