生き続ければ修行
森の中から
植林して適当な間隔を保っている木々に、人々の益になりそうな草以外は出来る限り処理を施されているそんな森。
森の中からと書かれれば私達はそんな森を想像するだろう。
だが彼のいる森は、里山の様な人の手が入っている森ではない。
木々の間隔は不均衡で、自らの成長の為に他所を虐げ、利用する動植物たちが存在する森の中だった。
せめて人の営みが近くにある場所に行きたかった。
彼は思う。
自分がこの惑星の地表に降り立つのが当たり前であるように、真っ白い空間からこの地表面へと来ることが失敗することなどあり得ないことだと確信した上で、例えそれが無意識のものだとしても、そう意識があったとしてもこう感想を抱いただろう。
森の中、整備は禄にされていないのか。
拗くれた木々、痩せ細った草木。それでもなお生きてやると生き抜いてやると、ギラついた植物達が繁茂する様を見て、彼はそんな事など知る由も無しに思う。
周囲を見やりながら自らの身体の具合を確認する。
背格好は中肉中背と言ったところ、もう少し詳しく描写すれば背は百七十㎝半ば、肉付きは筋肉質ながらも脂肪もちゃんと拵えたものだ。
スタミナと瞬発力等を鑑みると均整の取れた体つきをしていると言えるだろうか。
スキルはパッシブ。見事な身体操作である。
レベル三程度と言えども、体内の状況を悉に観察出来、様々な補正が掛かっているその動きには迷いはなかった。
生まれた頃から長く付き合い、今まで鍛錬を欠かさなかった武術家としての素養が垣間見えるようにも感じる。
重心の位置、地面を踏みしめた脚から伝わる抗力の操作。
歩けば見事な忍び足。右脚を前に出し、重心を後ろの左脚に残したまま、右脚を降ろす。
地面に広がる落ち葉に腐葉土を踏みしめる音を出来得る限り押さえる歩法を自然に熟していた。
身体の具合を確かめながらも周囲への警戒は怠らない。
意識は拡散集中させる、身体は常に回し視界が四方へと居着きなくしている。
心は凪。身体の感覚器官に何か反応があれば直ぐ様変化に気づけるもの。
自我の発露からくる感情と、それ以外を見事に意識的無意識で分離していた。
スキルの恩恵が、異世界ファンタジー物の主人公たれと調整された彼の精神を書き換えていく。
それは肌を撫でる風の感触の変化だったろうか。
鼻腔を擽る獣の匂いだったろうか。
はたまた、脳裏にこびりつく何者かの視線だろうか。
何かがいる、彼は周囲を見張る。居た。
眼球は焦点を合わせぬままに茂みへと注がれる。
意識が繋がる。隠れている。窺っている。
それが何かは解らずとも、それはこの肉体を計っている。
身体は脱力、無意識も脱力、自我も脱力。
されどそれはそう在るべしと騙したもの。
呼吸を殺す。呼吸の動きを身体に表すな。
場は緊張に包まれた。それは波の立たぬ水面の如く涼やかな緊張。
やがてそれは姿を見せずに藪をガサガサと音を鳴らしながら、これ見よがしに気配を遠退かせていった。
彼がこの異世界に存在する惑星ルーデンス・テーレレェでの初の邂逅は、お互いに見合っただけのものになった。
テリトリーか…、此処に居続けるのは良くない、移動しよう。
脚を地面の表面から抜き、そして差す。抜き足差し足忍び足。
慎重に警戒を怠らず、何者のテリトリーではない場所を探す為、彼は移動をし続けた。
モンスター、それはこの世界の知的生命種である人種・エルフ種・ドワーフ種・獣人種等をより高みへと引き上げる為の供物だった存在だ。
だが今は、創造神の管理下から解き放たれ、モンスター各種族、そして各個体それぞれの習慣や感情によって動き始めていた。
もはやモンスターは狩られるだけの存在では無かった。
モンスターは生き抜く為に用心深く、臆病に、凶暴に生きている。
“神から悪魔へと管理が引き継がれた存在”。
周辺の地形樹木の形等を記憶しながら、ザッとではあるが脳内に地図を描きながら移動をし続ける。
森の中の大半は既に何かしらのテリトリーとなっている痕跡が見られた。
獣道、マーキング用の糞尿の痕跡、木々にこびり着いた毛。
そんなテリトリーを持つ存在から逃げ隠れるようにして生きながらえている、小さい者達や、弱い者達の痕跡もチラホラとみられる。
だが、往々にしてこういった存在は隠れ潜む事を得手としている為、その痕跡を見つけるには悉に観察する必要があった。
ここまで彼が見つけてこれた痕跡は、偶々気づけたという程度のものである。
森の中を歩く、下生えの藪を避け、不意に襲われないよう意識しながら歩き続ける。
無駄に体力を消耗しなよう、集中しすぎないように、緊張しすぎないように、身体を意識をコントロールしながら。
森の中は静かだ。襲う為に、襲われない為に、息を潜めてじっとしている静けさがそこにはあった。
日が傾きかける頃、彼は腰を落ち着けるに余裕のある大樹に上り、その枝に身を任せ休憩をし始める。
周辺を見渡せば、木々の高さはそれ程の違いはなく、木の上に上り遠方を見渡すのは困難であろう事が窺えた。
何処か地形を把握するに都合の良い場所はないだろうかとつと思いながら、彼は覚醒しているのか、覚醒していないのか良く分からない状態に移行し、身体を落ち着かせ夜の暗がりに沈んでいく。
幸いにして、この場所に送られる際には裸一貫でなかった為、夜の寒さに震えることなく朝を迎えられた。
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