第44話
さてどうしたものか。
柔和な雰囲気の坊さんだけに、今の状況にそぐわない。
いちゃもんか? いちゃもんなのか?
検索エンジンで調べると、同じ技を二回連続で繰り出せなくなる――と出る、あの。
漢字が知りたくて調べたことがあるんだけど、世の時流について行けないおじさんには何が何やらだった。
いちゃもんの定義も年と共に変化してるんだなぁ……なんて現実逃避。
やはり額が額だけに、一言あるんだろうか?
いや言葉で済むのなら、おじさんは得意だけども。
下げ続けた頭のキレを見せてやれる。
しかしそこに肉体が絡むのなら、おじさんに経験は無い。
人外を除く。
業界に入ってきた新人に対する洗礼というやつなのだろうか? だとしたら誰か仲裁に入ってくれてもいいと思う。
ふと周りを見渡せば、注目はされども声は掛からず、霊安の職員さんらしき人もいない。というか分からない。
スーツなのか袈裟なのか、両方を取り揃えている空間だ。
どちらが職員さんと言われても頷けるのだが、そのどちらもこちらを止めに入る気配がない。
「奇妙な面を付けた主のことよ」
キョロキョロと周りを見渡していたことで勘違いされたのか、再び呼び掛けられる奇妙な面の主とやら。
いやいや、気付いてましたとも。そんな挑発染みた真似、おじさんにする度胸は無い。
誤解を解くために、ここは真摯に対応する必要がある。
紳士だけに。
「これは失礼を。私に、何か?」
背筋を伸ばし、正面を向いて対応だ。
すると指で顎をこすりながら、感心したように
息を漏らす袈裟御坊。
「いやなに……随分と自信があるのだな、とな」
なんのこっちゃである。
これが依頼に対してのことなのか、先取りに対してのことなのか、はたまた今の対応に対する妙なのか……おじさんにはサッパリである。
なので訊いてみよう。
「と、言いますと?」
こういう時の勘違いが一番ヤバいのだ。伝わってなくて二度手間。責任は常におじさんというのが今までの経験則。
伝える側でもそうなのだから、じゃあ自分でやった方が早いと仕事が増え、後輩が育たないパターン。悪循環。
聞いておくのが正義。
「勘違いするでない、これは年嵩者の忠言よ。過ぎたるは猶及ばざるが如し。己が能力を信ずることも大切であるが、過ぎれば破滅を導くことになろう。大人しく引くのも、また実力であろうよ」
聞いても分からないよ正義。
……この人、日常生活に支障をきたしたりしないのかな? コンビニで弁当を温めるにも「勘違いするでない、これは購買者からの忠言よ」とか言うのかな?
普通の人なら隣のレジに移るんだろうけど、おじさんなら商品を元の位置に直して店を出るまで余裕である。
レジ打ちしている店員さん大変だなぁ。
今のおじさんの立ち位置だ。
上手いこと読み込めたのが『年嵩者』『大人しく引く』の二つである。
なに? つまりあれだ。
『年功序列知ってんだろ? 若いのが美味しい依頼取ってんじゃねえよ。譲れ』とこう。
いちゃもんじゃん。
歳を重ねてるだけに遠回りした――
いちゃもんじゃん。
まさかの高額一発当選に慌てて声を掛けてきたといったところか……。
おじさんだってビックリしている。
だからこれ以上脅かさないで。
ピリピリとした空気に、ヒソヒソとした、声に成らない声が華を添える。
まさに一触即発に思える雰囲気。
言い訳だ、言い訳が必要。
言い訳なんて反論したら余計に叩かれる社会なのに、報告書を書くために反省点は常に押さえておかなきゃいけないというのだから理不尽だよな。
今日も理不尽を肴に炭酸を飲もう。
「……なるほど。私としましても、あまりに美味しい依頼でしたので、つい……」
ザワリ。
観衆が動く。
おじさん、何かミスった予感。
え? なになに? おかしくないでしょ? 思わず飛び付いちゃった発言しただけじゃん?
このまま言葉を紡いでもいいのか判断がつかなかったので、尻すぼみに絶える声。
吹き出る汗。
笑みを深めるお坊さん。
「……美味いと申すか」
一千万だからね。
「それにしては……余りに安い報酬であったようだが?」
ああ、やっぱりそうなのか。
この人達の感覚からすると、何千万という破格の単位であろうともお小遣い感覚なのだ。
なにせ他の依頼は億単位が最小値。
たとえ仕事内容が美味しいとしても、そこに掲げられる報酬に旨味はないのだろう。
そこで二の足を踏んでいるうちに、新人がサッと奪い取って行ったから、おい待てよテメェ、と。
そんなところ。
なら譲って貰うために言葉を尽くしてみよう。
「いえいえ、貴方方にとってはそうであろうとも、私にとったら充分な報酬足り得ますので……。このような易い仕事を受ける私のことなどお気になさらず、自分に見合った仕事をお探しください」
…………なんで時が止まるのか?
おじさんの発言に、先程までとは比べ物にならない程の沈黙が生まれた。
……安いと掛けるように、易い仕事だとアクセントを入れたのがいけなかったのだろうか?
おじさん特有の茶目っ気なんだ、許しておくれ。
「フッ」
微かに溢れた吐息にすら反応出来る静けさだ。
黒いスーツケースに腰掛けた黒尽くめの彼からだった。
「…………くっくっくっくっ、くはは……」
かと思えば銃刀法違反も笑っているではないか。
やはり同じ年代故にだろう。
分かってるねぇ、君たち。
そのセンスには決して同意できないが。
一方の袈裟御坊は、どこか呆れた様子で嘆息すると、錫杖をどけて道を譲ってくれた。
「そこまで宣うなら、もはや言わん。好きにせい」
……これは、つまり……。
行っていいよ、ってことだな、うん。
軽く会釈をして通り過ぎると、そこそこに詰まった空間だというのにおじさんに道を空けてくれる有象無象。
随分な対応の違いに目を白黒させながらも、せっかくのご厚意に甘えさせて貰う。
しかしこれが珍獣さながら、楽に通り抜けられるけど、注目を浴びること必至。
見られてる、見られてる……!
おじさんの何が珍しいのか、記憶に焼き付けるようにこちらをチラチラ。お蔭でおじさんは滝汗てある。
唯一対応が変わらないと言えば、おじさんに付いてトコトコと歩く黒猫ぐらい。
欠伸なんかカマしちゃって、まあ呑気。
物理的にフギャーと言わせることを心に誓い、おじさんと一匹は魑魅魍魎だらけのホールを後にした。
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