三 神屋敷

「――おい! 起きろ! こんな所で寝とると風邪ひくぞ!」


「……ん、んん……」


 次に目を覚ますと、僕の前には祖父がいて、僕の肩を掴んで揺すり起こしていました。


「……おじいちゃん……ここ、どこだ? ……僕は、いったい……?」


「ここは弁天様の祠じゃ。なかなか帰ってこないんで心配して探しに来たんじゃよ」


 朦朧とした頭で呟いた僕の疑問に、ホッと安堵した顔で僕を見つめる祖父はそう答えます。


 その言葉に周りを見回すと、僕は林の中の道の傍にある、弁天様――弁財天の祠の覆屋の中でうずくまっていました。


 その祠自体は1mもない高さの小さな石造りのものなのですが、その上には木造の覆屋が建てられていて、子供ぐらいの大きさなら余裕でその中に入っていられるんです。


 祠の中から祖父の肩越しに空を見上げると、日はすでに沈みかけ、紫とオレンジが混ざり合ったようなグラデーションの色をしています。


 僕は、なんでこんな所で寝ていたんだろう?


 確か、夕立にあって、どこか雨宿りできる場所を探していたらあのお屋敷を見つけて……そうしたら、中にあの白い着物の女の人がいて……それで……。


「夕立があったから、この祠で雨宿りしてる内に眠っちまったんじゃな。みんな心配しておるぞ? さあ、帰ろう」


 気を失う直前、女性の首がろくろ首のように長く伸びたことを思い出し、再びあの時の恐怖が蘇えって背筋に冷たいものを感じていると、祖父がそう言葉を続けて僕を引っ張り起こしました。


 雨宿り……確かに雨宿りをしていたんですが、僕が雨宿りしていたのはあのお屋敷のはず……僕は夢でも見ていたのでしょうか?


 祖父の手に引かれ、祠の覆屋から出た僕は、振り返って石塔の表面に浮き彫りされた琵琶を持つ女神の像をなんとなく眺めました。


 その女神の前にはとぐろを巻く蛇も明瞭に描かれています。


「ああ、もしかしたら……」


 その蛇の彫刻を見た瞬間、僕の頭の中でいろいろなことが繋がり、ある推測が浮かびました。


 じつは、僕が引っ越して来た母の実家――即ち祖父母の家では代々弁財天を祀っており、蛇…特に白蛇はその化身と云われているので、非常に大切にして弁財様同様に祀っていました。


 なので、いつも登下校でこの林の中の道を使う際、その道端にあるこの祠に僕も軽く手を合わせるくらいのことはしていたのですが……もしかすると、あの白い着物の女性は弁天様かそのお使いの白蛇で、自分のお屋敷――つまりはこの祠で夕立にあった僕を雨宿りさせてくれたのかもしれません。


 それから祖父とともに家へ帰り、同じく僕を探してくれていた祖母や母も含めて家族達に今日あった出来事を話したのですが、この夢ともうつつともわからない話を意外やみんな、疑いもせずに信じてくれました。


「――おい、おまえ、神さまの家へ行ったんだって!? すげーな!」


「なになに、もしかして霊感とかあるの!?」


 そして、これもまた田舎の常として、誰が吹聴したのか僕の体験談は瞬く間に村中へと広がり、霊体験とか、そういう話が大好きな子供達の間でも僕は人気者となって、思わぬ副産物にも親しい友達がたくさんできました。


 ひょっとしたら、代々家で祀っている守り神の弁天様が村に馴染めない僕を見かねて、そんな結末も含めた御利益を与えてくださったのかも……というのは少々考えすぎでしょうか?


 いまだにあれが夢だったのか? それとも現実の出来事だったのか? 正直、半信半疑なところではあるのですが、子供ながらにも強く心に残っている、なんとも不思議な僕の経験談です。


                           (雨宿り 了)

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雨宿り 平中なごん @HiranakaNagon

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