『聖女様へ送る応援歌』
青空教室
追い立てられるようにして次に向かった最後の目的地の『ノティーカ』は、ここらで一番大きな街だった。
街道から入って最初に出くわすのは最先端デザインの建物たち、直角を多用したカクカクしい建物がずらりと並んだ高級住宅街だった。
その中を行きかう人々もそれに似合って高級な服装、それもごてごてとしてない、一見すればラフながら見る人が見ればその質の高さに舌を巻くような、いわゆるセレブたちが余裕を持って歩いていた。
そんな街の中の一角、表通りに近い場所にある『ニューモガ教会』が、この宣教の旅の最後の目的地だった。
建てられたばかりとわかる傷の一切ない外装はやたらと直線的で、凹凸が少なく、一階部分など壁一面がガラス張りになっていたりと、一見すればブランド物の店舗かあるいは美術館かと勘違いされそうなデザインだった。
その前のやたらと広い敷地も、まるで鑢で磨いたかのように真っ平らで、ゴミも雑草もなくて、そこに張られたパロスの診療テントは場違いこの上なかった。
ぼろ布の壁の裏や横には届けられた花や果物などの贈り物が積まれて、けれどもその前には怪我人や病人の列は見られなかった。
時間はお昼を食べ終わって少し過ぎたあたり、仕事を終わらせるには早いけれど、子供たちの学校は終わった時分、ふらりとパロスがテントから出てくる。
晴天に向けて両手を突き上げ、袖を肘まで落として伸びをして、それからフゥと息を吐く。
それから周りを見回すと、敷地の端の方にこれまで一緒に旅してきた荷馬車が止めてあるのが見えた。
その馬車から荷物を下ろして運ぶのは現地のボランティアたち、正確にはセレブの信者が寄付で雇った労働者たちだった。
擦れた作業着で汗を滴らせながら黙々と働き続ける彼らに奉仕の喜びは見られないが、かといって仕事を奪うのも間違いなのだとのセレブの説得に、なんだかんだと積み重なっていた旅の疲れが重なったこともあり、そこに修道士たちの姿は皆無だった。
遠くからは街の謙遜、穏やかな日差し、心地よい風、その中で敷地の一角に人だかりができていた。
多くは地元の子供たち、男の子が中心で、輪になり集まっている。何事かとパロスが向かうと、その中心にいたのはウォルだった。
背負い続けた木箱を地面に寝かせた上に座り込み、あの手遊び、人差し指と小指を立てて、残り三本を束ねて作ったキツネをかざすと、周囲に集まる子供たちの視線を集めていた。
これに最初は驚きの表情、それから微笑みに変わる。
「素晴らしいです」
誰にも聞こえないほど小さく呟きながら、こっそりとパロス、歩いて行って、子供のれ列の後ろに混ざる。
「別に難しいことじゃない。理屈さえ知ってて、何度かやっていれば偶然当てはまる。それだけで大分と違う。コツは、とりあえずやってみることだ。何もしないで終わるよりかはわずかでも確率があるならそっちに賭けた方がいい」
子供の後ろに混ざったパロスに気付かずウォル、右手のキツネを掲げながら講義を続ける。
「これが相手の顔だとする。それで狙うはここ、顎の先、親指の爪の部分だ。これを右から左、あるいは左から右にこすり付けるようにぶん殴る。この時ちゃんと撃ち抜かないと効果ないぞ」
「え?」
ウォルの言葉に、パロスは思わず声を上げる。
「すると首を軸に頭が揺れて、中の脳が揺れてぐしゃぐしゃになる。スパーンと決まるとスコーンと意識が飛ぶ。本当に一瞬、笑えるぐらいにぶっ倒れる」
「でもさ、そんなら目をついた方が強くね?」
「甘いな」
子供たちの中で一際大きい男の子の指摘をウォルは即切る。
「俺が知ってる限り、確かに目を突かれると痛い。指を突っ込んで抉り出せば目玉なんかあっさりと綺麗に取り出せるし、当然その目は見えなくなる。だがそれだけだ。大悪党も泣き出す激痛、半分になった視野、それでも意識は残ってる。そしてやり返される。怒りに火が点くと戦力は倍は跳ね上がる。上手い手じゃない」
この切り替えしに、子供たちは無垢に「おおぉー」と声を上げていた。
「何か格闘技を専門に倣うならまだしも、たった一つの技で喧嘩に勝ちたければこれだけを練習しろ。腰入れろとか踏ん張れとか言うやつもいるが無視しろ。威力求めるなら必要だが、顎狙うだけなら必要ない。それよりも正確さ、相手の油断を狙うタイミング、何よりも早さが必要だ」
「何を教えてるんですかウォルさん!」
堪らず出たパロスの声に、子供たちが一斉に振り返る。
「やべ聖女だ逃げろ! イチゴ薬で洗脳されるぞ!」
子供の誰かが叫ぶと、全体が一斉に飛び散るように逃げ出した。
振り向きもしない全力疾走、本気の逃亡、残されたのはパロスとウォルの二人だけだった。
「いい所で邪魔するなよ」
ウォル、パロスを軽く睨む。
「だめですよウォルさん。子供たちにそんな物騒な、人を傷つけるようなことを教えては」
窘めながらパロスも目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「中での身の守り方だ。最低限、相手を無力化できると相手が知ってれば手出しも減る。気休め程度だがな」
「だめです。暴力に頼る前段階で何とかしましょうと教えるのが素晴らしいことなのです」
「俺みたいに捕まって中に入らないようにってか?」
薄ら笑いから出てくるウォルの言葉に、パロスは『しまった』との表情で黙る。
「……それより何で一人でいるんだよ」
気にする風もなく続けるウォルに、パロスは一呼吸おいてから応える。
「ピコーさんも他の方々もミル村での働きでくたくたなんです。今日ぐらいはゆっくりお休みしても神様は許してくださいます」
「あのな、お前は殺し屋に命狙われてる自覚あるのかよ?」
「ありませんよ? だって私なんかを狙う殺し屋さんなんて、いるわけないじゃないですか」
「ガヴァ―ジュ」
「彼は……殺し屋様じゃなくてストーカー様でした。それも話せばちゃんとわかってくれました。結局、危険は一切ありませんでしたよ。それにそれ以降、何もありませんでしたし」
「そいつは偶然だ。お前らの好きな奇跡と言ってやってもいい。思い出せ。ガヴァ―ジュの乱入、爆発からのほぼ徹夜仕事、からのここに早めの到着、ぐちゃぐちゃのスケジュールだったろ? 殺し屋にはたまったもんじゃない。あいつらは完璧主義だ。少しでもイレギュラーがあったら期日一杯まで待つ。失敗したら次はないからな」
ここまで言ってウォル、鼻をしかめる。
「まぁ俺が知ってるのは間接的に聞いた話だがな」
「ならウォルさんは、これからが危険だとお考えですか?」
「だろうな。今はそのスケジュールが前倒しになってる状態だ。で、この後はスケジュール通り、しかもここは大きな街で人の出入りも多い。よくわからん労働者が荷物運びしてるぐらいだからな。あの中に紛れ込まれたら暗殺だろうが窃盗だろうが好き放題だ」
言われてパロス、ちらりと遠くの作業に目をやるも、すぐにプルプルと首を振る。
「そんなことありません。人は間違えることはあっても悪ではないのです。そしてそれを正しく導くが私たちの務めなのです」
「なら好きにしろ。俺は知らないからな」
そう吐き捨てながらウォル、自身の顔の横で右手でオオカミを作り、パクパクさせる。
これにパロス、肩を竦めて立ち上がる。が、ふらつく。
「おい」
「大丈夫です。その、ちょっと、立ち眩みが……」
そう言いながらも傾いていくパロスに反応してウォルも立ち上がり手を伸ばす。も、その指先が届く寸前で躊躇してしまう。
そうしてる間に、パロスのか細い体がへたり込んでしまった。
「……おい?」
……返事はなかった。
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