第20話 それぞれの思い

 皆と別れた後、九十九は病院に来ていた。ここは末期の一振り保持者御用達の病院だ。末期の一振りに憑かれた者でも分け隔てなく治療にあたってくれる数少ない病院である。今回の襲撃で重症を負った者は全員この病院に入院している。


 小鳥遊からあらかじめ聞いていた病室に向かうとドアをノックする。


「どうぞ」


 中から声が返ってくると、九十九は病室のドアを開けた。中にはベッドが二つ。鷹野と柊がそこに横たわっていた。二人とも手と足にギブスをつけていて、顔には包帯が巻かれている。


「あら、九十九じゃない。お見舞いに来てくれるなんて優しいわね」

「今日は槍でも降りそう」

「口は回るようだな。ちょっと安心したぜ」


 そう言って九十九はベッドの前にあった丸椅子に座った。そして二人に頭を下げた。


「すまなかった。今回はうちのチームの監督不行き届きだ」

「それってどういう事?」

「平たく言えば、不知火が脅されてお前らを襲った奴らの仲間になってたって事だ。そのせいで情報が漏れて、今末課は大変な事になってる。今夜、俺達はお前らを襲った奴らと戦いに行ってくる」

「そう、あの子が……」

「だが不知火を恨まないでやってほしい。あいつは今回の一番の被害者でもあるんだ。この通りだ」


 九十九は二人に向かって深々と頭を下げた。


「馬鹿ね。恨む訳ないじゃない。ちょっとしか一緒に過ごさなかったけど、あの子はいい子よ。それは分かる。悪いのは不知火ちゃんを脅してた奴らなんでしょ?」

「私も同意見。でも、やってしまった事の責任は取らせるべき。あの子のためにも」

「……そうだな。このまま無罪放免なんて虫のいい事は考えてねえよ。だから、必ずあいつは俺達が連れ戻す」


 今、きっと不知火の心は裏切ってしまった事への罪悪感でいっぱいのはずだ。でなければ、自分を殺してほしいとまで言える訳がない。九十九達が不知火のためにやるべき事は二つ。不知火を説得して連れ戻す事。そして不知火の納得できる形で今回の責任を取らせる事だ。それしか不知火を救う道はない。


「九十九。その布を巻いてある刀ってもしかして?」


 鷹野が九十九が持っていた悪食に気づいた。


「ああ。この最悪のタイミングでこいつに見限られた。正直、俺は戦力になれそうもない。だが、それでも奴らと戦う」

「自殺行為。力を使えない状態で行っても足手まといになるだけ」


 柊が容赦なく指摘する。それを聞いた九十九はへらっと苦笑いした。


「そんな事は分かってるさ。でも俺達はチームなんだ。相方が起こした不始末は俺にも責任がある。なんとかやってみるさ。それに、今回の事は俺にも思うところがあるしな」

「どういう事?」

「主犯格が俺の因縁の相手って事だ。だから、俺はそいつと決着をつけなきゃならん」


 ぎりっと九十九は両手を握る。極論を言えば、九十九の事情に不知火は巻き込まれただけとも言える。だから、九十九は例え足手まといだろうと責任を果たす義務があった。


「さて、二人ともしんどいところすまなかったな」


 これ以上話すと二人の傷に触る。九十九が椅子から立って病室を出ようとドアに手をかけた。そこに鷹野が声をかける。


「九十九、あんたまさか皆にこの話を?」

「ああ。中には納得してくれん奴もいるかもしれんが、全員説得する。不知火が帰ってこれるようにな」

「そう……。じゃああんた達もちゃんと生きて帰ってきなさいよ?」

「当然だ。犬死にするつもりはねえよ。じゃあな」


 そう言って九十九は病室を出て、次の病室に向かって歩を進めた。



「そうですか。残念です」

「突然の申し出で申し訳ありません」


 如月は不知火の高校に来ていた。校長に退職を伝えるためだ。

 実は校長にだけは不知火の事情は予め伝えてあった。如月と九十九の素性もだ。これはもし何かあった場合にいらぬトラブルを回避するためだった。幸いこの校長は理解がよく、事情を快諾してくれていた。


「今、不知火さんはどこに?」

「それは……すみません。極秘事項なので言えません」

「ふむ、分かりました。本当は彼女には何事もなく我が校を卒業してほしかった。心残りでなりません」

「我々の危機管理の甘さで大変な事件を引き起こしてしまいました。学校及び生徒達にはご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありません」


 如月は深々と校長に頭を下げる。

 如月の顔を見つめる校長の顔には隠しきれない疲れが見えた。きっと、あの事件の対応に今も追われているのだろう。それでも愚痴一つ言わず、こちらに理解を示してくれているのは、校長の人徳が伺えた。


「末期の一振り。実際に被害にあってみると人々が恐れる気持ちもよく分かりました。あれはとてつもない力です」

「はい。我々も痛感しています」

「ですが、それと同時に不知火さんの苦悩も理解できました。彼女はあんなに若いのに、世間から非難される恐怖といつも戦っていたのですね。如月先生、どうかお願いです。不知火さんの心を救ってあげてください」


 そう言って校長は如月に頭を下げた。如月はそれをしかと受け止めた。


「はい。不知火は私達が必ず守ります。いえ、守りきれなかったというのが実情ではありますが、彼女をこれ以上不幸にはさせません。お約束いたします」

「それは良かった。あの子をよろしくお願いします。如月先生」

「全力で努めます。それでは失礼しました」


 如月は席を立つと、校長室を出る前に一礼して外に出た。


「ふう、言うは易く行うは難しとはよく言ったものです……」


 大口をたたいたが、戦力にならない如月ではやれる事はたかが知れている。しかし、ああやって不知火を心配してくれている手前、約束をしない訳にはいかなかった。


「……今日、私は死ぬかもしれませんね」


 廊下の窓に手を当てて如月はぽつと呟く。

 テロリストの規模は予想もつかないが、末期の一振りを持った者も少なからずいるだろう。その中をただの一般人の如月が突き進む事になる。護身に拳銃は身につけるが、正直それでも如月は一番の足手まといだろう。


 死が怖くないといえば嘘になる。しかし、その恐怖以上に不知火を救いたいという思いが死の恐怖を抑え込んでいた。

 如月の仕事はただ一つ。不知火の心をこちらに引き戻すのだ。


「先生!」


 その時、如月に向かって声がかけられた。見れば空閑と綾瀬と碧波が立っていた。


「あなた達、どうして学校に? クラスは閉鎖しているはずじゃ?」

「私達はカウンセリングの必要がなかったので、学校で授業を受けてるんです。それより先生、今までどうしてたんですか?」

「私の方も色々とありまして、本日付で辞める事になりました。皆には挨拶ができずすみません」

「前から思ってたんですが……先生、もしかしてユッキーの事何か知ってるんじゃないですか?」


 空閑に詰め寄られて如月は少し思案した。事情を話す訳にはいかないが、この三人は不知火の親友だ。それに襲撃されたあの時、三人は必死に不知火の事をかばおうとしていた。嘘をつくことにはなるが、安心させるぐらいは良いだろう。


「不知火さんは大丈夫です。ちゃんと元気でいますから安心してください」

「じゃあ会わせてください!」

「どこにいるんですか!」


 綾瀬と碧波にまで詰められて如月は選択を誤ったかと当惑した。


「と、とにかく。今は事情があって会わせる事はできません。ですから落ち着いてください……」

「アヤ、カナ。ちょっと落ち着こう」

「う、うん」

「ごめんなさい、先生」


 冷静に空閑が二人を諭してくれたおかげで、何とか追求を逃れる事ができた。

 その時、空閑がカバンから白い封筒を取り出し、如月に突き出した。


「会えないのは分かりました。その代わり、これをユッキーに渡してください」

「これは?」

「私達三人の想いが書かれてます。ユッキーに繋がる頼みの綱は先生とあの事務員さんの二人だけだったから、会ったら渡そうと思っていたんです」

「……分かりました。必ず不知火さんに渡します」

『ありがとうございます!』


 如月は空閑から封筒を受け取る。

 この手紙こそ、不知火を説得する切り札になり得るかもしれない。そんな思いを如月は覚えていた。



 不知火はただ静かにそこに立っていた。いつ自分の命が消えるかもしれない恐怖と戦いながら。しかし、一向にその時は訪れなかった。


「もうとっくに全部バレてるはずなんだがなあ。なかなか死なねえな、お前」


 声を書けられた方へ不知火はふっと目だけ動かした。そこには瓦礫の山の上に鎮座した毒島が、ニタニタと笑いながらこちらを見ていた。


「こいつはもしかしてアレか? 裏切り者でも女子供を殺すのは嫌ってか。末課も甘っちょろいもんだなおい! くはははははははは!」


 毒島が品のない笑い声を上げる。


「だがそれならそれで使い道がある。連中も馬鹿だな。敵を一人殺れる機会をわざわざふいにするなんざ。ま、どっちにしたってこの俺に勝てる訳がねえ。この神器、ミョルニルの前にはなあ!」


 そう言って毒島が手に持っていたミョルニルを振り下ろした。雷鳴が響き渡り、床が雷によって黒く焦げ跡を残す。


「本当の地獄を見せてやるぜ、末課の残りカス共。さあ、どっからでもかかってこい! くははははははははは!」


 笑う毒島を尻目に、不知火は密かにぎゅっと両手を握りしめた。


(どうして、殺してくれないの……)


 ぐちゃぐちゃな気持ちの中、不知火はただそれに耐えて立っている事しかできなかった。

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